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List.10 -夢の始まり- 『like a bird, way of dodo』

「それで市原君……、実際のところ曲はどれぐらい仕上がってるの……?」


 珍しく不安そうな表情を見せたチエちゃん先生。


 そろそろ短くはない付き合いになるし、休みの日にも大体顔を合わせている。

 そんな中でも、チエちゃん先生が僕にこういった表情を見せる事は滅多に無い。


 基本的に天然肌とは言え、こと音楽に関してはいつだってふんすっと鼻息を荒くしているのがチエちゃん先生という人だ。


「あ~、ちょっと待って下さいね……」


 あまり長い時間チエちゃん先生にそんな顔をさせているのは忍びないので、僕はギターケースを下ろすと背中のバックパックから手書きの楽譜を取り出す。


 初めて自分で書いた曲という事もあって、そこら中に赤ペンで追筆やら注意書きの入り乱れたそれは、楽譜と言うよりはほとんど雑記帳状態で、正直人に見せるのは照れ臭くもあった。


「えっと、これなんですけ――えっ!?」


 しかしそんな僕の葛藤などお構いなしと言わんばかりに、取り出した楽譜は気が付けば一瞬にして僕の手の中から奪い去られていた。


 その楽譜をひったくった当のチエちゃん先生は、猛スピードでスタジオの休憩スペースに駆け込むと、もう既にテーブルの上イッパイに楽譜を広げて一人で何やらブツブツと呟いている。


 そう、これこそがチエちゃん先生という人物である。


「なぁイッチー、一瞬しか見えなかったけど、今のあれってもしかして?」

「うん、実は結構前からなんだけどね、曲を書いてたんだ」


 丁度僕の隣に立っていたヒロには、奪われる寸前のそれが何だったのか見えたのかもしれない。


「おい、マジかよ! 早く言えよなそういう事は! ちょっとチエちゃん先生、独り占めはずりーって!」

「そうだよ、俺らが見なきゃ意味ないじゃん!」


 後ろで話を聞いていたアキとシュンが猛ダッシュで休憩スペースに向かい、未だ一人でブツブツ言っているチエちゃん先生の両隣りに陣取ると、揃って抗議の声を上げ始めた。


「そっか、やっと書けたんだな」

「……完成……したんですね」


 そんな二人とは対照的に、ヒロとマサはどこか納得した様子で嬉しそうに笑っている。


「二人共、知ってたの?」

「いやまあ……、知ってたっつーか、何となくな。一応俺はこの中じゃ、イッチーとの付き合いは一番長いわけだしよ」

「僕も……何となく、です……。ピアノ始めた辺りから……」

「そっか、別に隠してたってわけじゃないんだけどね」


 どうやらヒロとマサにはバレバレだったらしいが、この様子だとアキとシュンも分かってて黙っていた可能性が高い。


 僕自身に特別隠す気があった訳でもないし、年がら年中顔を突き合わせているんだからそれも当然と言えば当然なのかもしれない。


「まああれだよ、どうせイッチーの事だから完成するまでは、とか思ってたんだろ? お前変なとこ完璧主義だからな。おーい、アキ、シュン! きたねーぞ、俺にも見せろ!」


 それだけ言い残すと、ヒロはさっさと皆がいる休憩スペースに走って行ってしまった。


「全く……、皆本当に音楽の事となると目の色が変わるよね……」

「……それ……イッチー先輩にだけは言われたくないと思うけど……」

「えっ、マサ何か言った?」

「……いえ、何も……」


 元々普段から小声のマサは、時々何を言っているのか聞き取れない事も多い。


 この時も独り言だったのか僕に対して言ったのかは分からなかったが、念の為に確認した僕から露骨に目線を逸らすと、マサは一人でおかしそうに笑っているだけだった。


「部長ってあれですよね。普段はマサ君と変わらないぐらい控え目な感じですけど、実際は一番の音楽馬鹿ですよね。もちろん良い意味で、ですけど」


 それまで黙って後ろの方で大人しくしていたガールズバンドの後輩ちゃん達の一人が、突然思い出した様にそんな事を言い出した。


「何でも良い意味って付ければいいってもんじゃないけど……。そうかなぁ……、皆似たり寄ったりだと思うけどなぁ」


 別に悪い事だとは思わないが、僕一人だけが音楽馬鹿だと思われるのは心外と言えば心外だ。

 こんな事で競い合ってもしょうがないけど、僕ら5人の馬鹿っぷりは今となっては正直大差ないと思っている。


 そもそもそんな僕ら5人を率先して引っ張っている、チエちゃん先生という馬鹿代表の存在も大きい。


「おーい、イッチー! 早くこっち来いよ! お前とマサがいねーと話先に進まねーだろうが!」

「そうだぞ、パート毎に楽譜起こさないといけねぇし、時間も無いんだからよ」

「それに今日この後スタジオ入るんだから、尚更さっさと決めないとマズイだろ」


 痺れを切らせたのか、休憩スペースからヒロ達が叫ぶ。


 確かに曲を作った僕自身はまだしも、これから4人分の各パートを作り、イントロやコーラスも含めて全てゼロから作っていかなければならない。

 何もかもが初めての経験になる事を考えれば時間はいくらあっても足りないだろう。

 

「あ、うん今行く。だってさ、マサも行こう」

「はい……」


 叔父さんのお陰でほぼ貸し切り状態とは言え、あくまでここは貸しスタジオだ。

 いつ他のお客さんが来るかも分からないし、さすがに僕らの好き放題という訳にはいかない。


 少し話が中途半端だった気もするが、とりあえず今は後輩ちゃん達をその場に残して、僕とマサは休憩スペースへと急ぎ皆の輪の中に加わる事にする。


「イッチーところでさ、この『like a bird, way of dodo』ってのはどういう意味なんだ? 鳥みてーにってのは何となく分かるが、その後が分からん……」


 そう真っ先に口を開いたアキが、眉間に皺を寄せ腕を組んだままうんうんと唸っていた。


「……go the way of dodoでしたっけ?」

「さすが関谷君は博識ね。直訳するとドードー鳥の道を辿るって感じかしら」


 常に学年でトップクラスの成績をキープしてる上に、ジャンルを問わず読書家のマサは当然の如く知っていたらしい。

 普段は残念な言動が目立つチエちゃん先生も音大卒だし、ジョージさんやヨーコさんの影響でずっと洋楽に触れていた訳だから、知っていて当然なのかもしれない。


「ドードー鳥? 何だそりゃ、そんな鳥いたっけっか?」

「いやシュン、逆だ逆。もういねーんだよ。確か絶滅した鳥だったっけ?」

「へー、ヒロよく知ってるな。けど、絶滅した鳥なんて何か縁起悪いんじゃねぇの?」

「俺もただ絶滅した鳥って知ってるだけだからな……。何か意味があるんじゃね?」


 ヒロが知っていたのはちょっと意外だったが、熟語の意味までは分からないらしい。

 と言うより、僕自身も調べるまで知らなかった事なので大差はないのだが……。


「つまり絶滅したドードー鳥の道を辿る、今はもういない鳥のようにって意味ね。という事は?」


 チエちゃん先生がいかにも先生らしく(先生なんだけど)、人差し指をピンと立て、未だ答えに辿り着けていないヒロ、アキ、シュンの三人に問い掛ける。


『……ああ! 時代遅れの鳥?』


 ようやく納得がいったという様子で三人が綺麗にハモる。


「ふふっ、そうね、正解。それに多分アーリーバードとも掛かってるんじゃないのかな?」


 僕が初めて書いた曲とバンド名の意味を合わせた事も、チエちゃん先生が一発でお見通しだったのはさすがとしか言いようがない。


「なるほどな~、時代遅れの鳥達が演奏する時代遅れの鳥の歌かぁ。うん、いいじゃん」

「ああ、いいな。いかにも俺達らしい」


 そう言って満足そうに笑い合うヒロとシュン。


「そうと決まりゃさっさと練習出来るようにしないとな! 何が何でも文化祭までに間に合わせんぞ! こりゃ今日は泊まりかぁ?」

「……いや確かに明日は休みですけど……、さすがに泊まりは僕達だけで勝手に決めちゃまずいんじゃないですか……?」


 さっそくエンジンが掛かったアキに続いて、アーリーバードの良心とも言えるマサから冷静なツッコミが入る。


「それじゃあ僕叔父さんに聞いてくるよ。他に予約とかもなければ多分大丈夫だと思うけど」

「こらこら、先生を無視して勝手に話を進めないの。一応校外活動の申請とかも色々あるんだから……」


 立ち上がりかけた僕の腕をガシッと掴むと、大きな溜息と共にチエちゃん先生が呆れた様に肩を落とす。


「でもほらチエちゃん先生、部活なんて抜きにしても、イッチーのとこに泊まるのなんて珍しくもないわけだしさ。俺らが勝手に集まって練習してたって事にすれば問題なくない?」

「うっ……それは……」


 こういった悪知恵には驚く程頭が回るアキからの悪魔の囁きに、チエちゃん先生がぐぬぬと即効で折れかかっている。


 これは恐らくもうひと押しだ。


「それにほらぁ~、チエちゃん先生だって早くこの曲聴きたいんじゃないのぉ~?」


 アキから死刑宣告にも等しいトドメの一言が発せられた。


 アキ自身それがトドメになる事を確信しているのか、悪代官に山吹色のお菓子を差し出す越後屋さながらのわっるい笑みを浮かべている。


「……、……そっ、そうよね~。別に皆が泊まるのなんて珍しくないわよね~。おっほっほっほ」

「アッハッハッハ!」

「おーっほっほっほ!」

「アーッハッハッハ!」


 一瞬で折れていた……。


(本当にそれでいいのかチエちゃん先生……)


 まぁ経緯はどうあれ、可能な限り早く練習に入れるなら僕としては願ったり叶ったりなのだ。


 僕は早速一人で席を立つと交渉へ向かうべく、叔父さんが待つカウンターへと足を速める。

 交渉とは言っても叔父さんの事だから、恐らくは二つ返事でOKしてくれるだろう。


(これは果たして本当に一泊で済むかなぁ……。下手をすれば二泊コースになるだろうなぁ……)


 そんな事を考えながらも、無意識の内に自然と頬が緩んでいくのを、僕は止められそうになかったのだった。






「……どうでもいいけど私達完全に忘れられてるよね……?」

「うん、間違いないね」

「でもほら、チエちゃん先生とあの先輩達だし……」

「あはは……。まあまあ、これが軽音部(うち)の日常なわけだし、良い所でもあるわけだから……。……良い所……?」

「いや、なんで疑問形……」


 スタジオの入口付近にポツンと取り残された呆れ顔の後輩ちゃん達5人と、どうにかそれを宥めようとフォローを入れるマネージャーちゃん。


「でも、あれだよね~」

「なになに?」

「何て言うかさ、結局軽音部(うち)って何だかんだ言って、イッチー先輩中心に回ってるって言うかさ、そういうとこあるよね」

「あ~分かる分かる~。この先輩にしてこの部活あり、みたいな?」

「そうそう、それすっごい分かる!」

「まあそう言う私達も、今じゃそんな部員の一人なんだけどね~」

「あっはっはっは、確かにね~」


 僕らが去った後、残された後輩ちゃん達がそんな会話を繰り広げているとは、当然僕は知る(よし)も無かったのであった……。

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