List.10 -夢の始まり- そのままでいい
『こんにちは~!』
「おっ、来たな。いらっしゃい」
「急に大勢で押し掛けてしまってすいません、オーナー……」
「いやいや、どうせ貸し切りみたいなもんだから。それに元常連じゃないか、なっ? 久しぶりだね、チエちゃん」
学校から2駅の距離にあるスタジオ実家、もといスタジオJITTA。
一昔前は予約も取れない程賑わっていたらしいが、それもギリギリ僕の記憶にあるかどうかというところだ。
ここ数年は完全に閑古鳥で、一日に一件も利用者がいないなんて事も珍しくないそうだ。
実際今日もスタジオには僕ら以外の姿は無く、叔父さんの言う通り貸し切りだと言われても不思議ではないような状態だった。
「ちょっと止めて下さいよ~……。一応生徒の前なんですから……」
チエちゃんと呼ばれ頬を赤らめた先生が、恥ずかしそうに顔を伏せる。
学生時代にバンドをやっていたチエちゃん先生は、かつてのバンドブーム真っ只中でここの常連だったらしい。
それはもちろん去年まで僕も知らなかった事だが、当然叔父さんとは顔見知りだったという訳だ。
「ハハハッ、そうだったね、ごめんごめん。あのチエちゃんが今じゃ柊先生だもんな~……」
「……あの?」
「ああ、そうか、イッチーは知らないもんな。こう見えてチエちゃんはな――」
「うわあああああ! 駄目です! 駄目ですよ、オーナー! 絶対駄目です、それ以上は!」
何か言いかけた叔父さんを遮って、チエちゃん先生が唐突に叫び声を上げる。
両手をブンブンと振り回し、盛大に取り乱すチエちゃん先生。
割と普段からこんな感じのチエちゃん先生ではあるが、ここまで慌てふためく姿は珍しい。
きっと学生時代に伝説の一つや二つは残しているんだろうけど、怖いもの見たさ半分、怖すぎて見たくない半分といった感じだ。
そんな姿を見てニヤニヤと笑っているところからすると、どうやら叔父さんも最初から分かっていてわざとやっているのだろう。
「んん? 気になるな~、オーナーその話もっと詳しく聞かせて下さいよ~」
早速食いついたアキが、わざとらしい下卑た笑いを浮かべながらチエちゃん先生を肘でつついている。
「そうだなー、おれもきになるなー(棒読み)」
「右に同じく」
悪ノリし始めたヒロとシュンも加わって、チエちゃん先生を取り囲んでいく。
「だ、駄目っ! ぜっっっったい駄目っ! あ、あなた達もこんな時にチームワーク発揮してズルいわよ!」
「えー、俺達はほら、ただ先生がどんな学生時代を送ってたのかなぁと思ってさぁ」
「そうそう、他意は無いんですよ、他意は」
「と、とにかく駄目ったら駄目なのっ!」
いつも通りワイワイと賑やかな仲間達、そしてそれを後ろから呆れた顔で眺める後輩達。
でもそんな騒ぎの中にあって、騒ぎの発端でありながら一人だけ黙ったままそんな光景を見つめている叔父さん。
ここでありながらここではない、どこか遠くを見ている様な、そんな不思議な、けれどとても穏やかな叔父さんの表情が妙に印象的だった。
「どうかしたの?」
「……いや、懐かしいなと思ってな……」
「懐かしい?」
今のこの面子でスタジオに集まるようになってからは、まだ一年ちょっとしか経っていないし、ましてやマサを除く後輩達がここに来るのは今日が初めてだった。
「懐かしい」と言う叔父さんの言葉の意味が良く分からない。
「何でもないさ……」
けれど叔父さんは僕の質問には答えず、代わりに昔よくそうしてくれたのと同じように、僕の頭の上にポンッと優しく手を置いただけだった。
「それより、イッチーの周りにはいつも楽しい人達が集まって来るな」
「いや……、別に僕の周りに集まって来てる訳じゃないと思うけど……」
「なんだ、気付いてなかったのか?」
「え、何が?」
益々言っている意味が分からなくなった僕は、質問に質問で返してしまう。
「お前に惹かれて人は集まって来てるんだよ。うまく言えないが、別に身内贔屓って訳でもなくてな、お前にはそうやって人を惹き付ける力がある」
「……え~……、そんな事は……ないと思うけどな……」
何となく、いつの間にか、気が付けば大所帯になっていた軽音部だけど、どう考えても僕を中心にして集まっているとは思えない。
きっかけ程度にはなったのかもしれないが、そこから先は僕個人の力とは無関係だ。
それにもし仮にそうだったとしても、僕はそこまで自意識過剰にも自惚れ屋にもなれそうにはなかった。
「市原君があの時旧音楽室に来なかったら、ジャズギター同好会は無かったと思うけどな」
首を捻る僕に、優しい口調で語りかけてきたのはチエちゃん先生だった。
オーバー・ザ・ムーンのメロディーに引き寄せられて訪れた旧音楽室。
全てが始まった場所。
運命の出会い。
「そうだぜ、相棒」
いつの間に騒ぎを終えたのか、戸惑う僕の首に腕を回し、力強く引き寄せたのはヒロだった。
「お前がチエちゃん先生と出会ってなきゃ、俺やアキが同好会に入る事なんてなかったんだぜ」
そう言って空いた左手の親指を立てる。
「それに俺が同好会に入ってなきゃ」
「俺が入る事もなかった」
ヒロに続いたのはアキとシュンだった。
僕がヒロとアキを誘い、アキがシュンを誘い、そうして4人で始まったジャズギター同好会。
「この4人が集まらなかったら、きっとうちのパパやママと会う事もなかったでしょうね」
そう言って花の笑顔を咲かせるチエちゃん先生。
パパやママと言うのはもちろんジョージさんとヨーコさんの事だ。
あの2人がいなければ、間違い無く今のアーリーバードは無かったと断言出来る。
「あなた達が新入生歓迎会に出ていなければ」
「……僕も入ってなかった……」
ボソリと呟く様に、それでもしっかりとした口調で言葉を繋ぐ。
アーリーバード最後のピースである、マサ。
この5人が揃わなければ、僕らアーリーバードはスタートを切る事すら出来なかった。
「ちょっと先輩、私達の事も忘れちゃ困りますよ」
「そうですよー」
最後に不満気に口を尖らせたのは、少し勝気な後輩ちゃん達。
憧れのガールズバンドを目指して、当時まだ同好会だった僕らに加わった5人。
性格的に一緒に不満を訴えたりはしてないが、もちろんそこには普段マネージャーとして支えてくれている女の子もいる。
今や11人の大所帯となった軽音部。
確かにあの日、僕とチエちゃん先生のたった2人だけで始めた放課後活動が、まさかここまで大きな集まりになるとは夢にも思わなかった。
振り返ってみればまさに怒涛の様な一年ちょっとだったけど、それでも僕は思う。
「でもほら、やっぱり別に僕が皆を集めた訳じゃないでしょ?」
「ハハッ、そういう意味で言った訳じゃないんだけどな。まあ無理に分かろうとしなくていいよ。むしろお前はそのままでいい」
「?」
叔父さんの言わんとしてる事がどんどん分からなくなっていってる気がするが、当の叔父さんはそんな僕にはお構いなしで、一人で勝手に納得してうんうんと頷いている。
「そうそう、イッチーはそのままでいいんだって」
「なんだよヒロまで……」
相変わらず首に腕を回したままのヒロが、やけに嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべている。
どころか周りに目をやれば、僕以外の全員がなぜか揃って似た様な表情で笑っているのだった。
「ほら、いつだったかヨーコさんが言ってたろ?」
珍しく大真面目な顔でアキが僕の肩を叩いた。
長い付き合いの僕はその顔だけで、何かアキがこれから言おうとしている事が冗談ではないと分かる。
「ヨーコさんが?」
ジョージさんやヨーコさんからはあまりにも色々な言葉を貰っていて、今アキが言わんとしているのがどれの事なのかかえって絞り込めない。
けれどアキは真剣な表情を崩そうともせず、真っ直ぐに僕の目を見てこう言ったのだった。
「『きっとあなたは、音楽の神様に愛されているのね』ってさ」





