List.10 -夢の始まり- 新生軽音部
建て付けの悪い古い扉がガラガラと盛大な音を立てて開かれる。
そのままツカツカと真っ直ぐに教壇に向かったチエちゃん先生は、これ以上ない程のドヤ顔でふんすっと鼻を鳴らすと
「文化祭ライヴをやりましょう!」
そう断言したのだった。
「……はい?」
左手を腰に、たわわなポヨポヨを反らし、右手は良く分からない方向をズビシッと指差している。
念の為指の先を確認してみたが、そこにはいるのはせいぜい涼し気な顔のショパンぐらいだった。
「よっしゃ、遂に来たな!」
「いえ~い!」
「やるかっ!」
まずはジャズギター同好会、改め軽音部の日常が繰り広げられる。
良いのか悪いのか分からないが、とりあえず乗っておこうというのが我が軽音部の特徴だ。
それは早くも新入部員達にも受け継がれているようで、皆意味も分からないまま「いえーい!」と盛り上がっている。
「けど、俺ら本当に今年出れるんですか?」
ヒロが先陣を切ってもっともな質問を口にする。
去年の文化祭、まだマサも入っていない、チエちゃん先生とたった4人だけだった同好会。
競争率の高い文化祭のメインステージにそんな弱小同好会が立てる訳もなく、僕らはごく普通に自分達のクラスの出し物を手伝って文化祭は終わった。
元々出れるとは思ってなかったとは言え、メインステージで次々と催されるパフォーマンスをただ指を咥えて見ているというのは、やっぱりどこか不完全燃焼だったのも事実だった。
チエちゃん先生は確かに「来年こそは」と言っていたが、そもそも周辺三校合同による文化祭の競争率はそんなに甘くはない。
信じていないとかそういう事ではなく、まぁ無理だろうな程度にか思っていなかったというのが正直なところだ。
「確かうちの文化祭のステージって物凄い競争率なんだっけ?」
「うん、私も聞いた事ある」
「三校合同だから抽選になるんだっけ?」
「あと部の実績もないと駄目とかなんとか」
新入部員の女の子達の間で色々な意見が飛び交うが、今回で二度目になる僕らも正直それほど詳しい事は分かってない。
「あ~……、えっと、その事なんだけどね……」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、チエちゃん先生が急に声のトーンを落とす。
「去年約束した通り、アーリーバードだけは確実に出られるんだけど……、一年生は、ちょっと……ね?」
「いやっ、私達出れるなんて思ってないですからっ!」
「そうですよっ! 第一先輩達とじゃレベルが違いすぎますよ!」
いつもは割と強気な後輩達が、本気でワタワタと遠慮している姿は珍しい。
「でも、出たくはないの?」
何故かいつの間にか部長にさせられている僕が、一応代表して聞いてみる。
「そりゃあ……出たいですけど、さすがにまだ無理ですよ……」
「普段の先輩達の演奏見てたら、自信も無くしますって……」
「演奏してる時は本当にカッコイイんだけどね~」
「そうそう、ホントそうなんだよね~」
「アーリーバードのファンだけど、それはそれ、これはこれ、みたいな」
皆揃ってウンウンと力強く頷いてから、どこかウットリとした様子で蕩けた表情を浮かべている。
「なあオイ、あれじゃまるで演奏以外の時はまるでダメみたいに聞こえね?」
「いやアキ、主にお前の事だから」
「うっそ!? マジで言ってんの?」
シュンの冷静なツッコミに、今度は一同揃ってウンウンと頷く。
とは言え、成績優秀なマサや運動神経抜群なシュンは別としても、音楽以外これといった取り柄も無いという意味では僕らも全員似たようなものだった。
「そういう訳なんで、私達の事はホント気にしないで下さい。あ、でも先輩達の事はちゃんと応援しますからねっ!」
「あ~、うん……、そういう事なら……。って言っても先生、そもそも本当に出られるんですか?」
そうなのだ。
いくら後輩達が応援してくれても、僕らがやる気を出しても、肝心のチエちゃん先生の自信が一体どこから来ているのかが不明なままなのだ。
「それは大丈夫、去年約束したでしょ。先生はちゃんと約束守ったわよ?」
チエちゃん先生は僕の方に意味有り気な視線を向けると、一つだけウインクを送って来た。
なるほど、自分は約束を果たしたけど、僕の方はどうなんだという意味だろう。
「あっ、ま~たイッチーだけチエちゃん先生と何かコソコソやってんぞ」
「だな。後でシバこう」
「そうだな。良く分からんけど俺も同意しとこう」
「……」
(いや、だから良く分からないのに適当に同意しないでよ……)
「え~っと……、はい。そっちも大丈夫……だと思います」
「ホントにっ!? そ、それでっ、いつ頃聴けそう?」
最近はすっかりなくなっていたが、ポヨポヨに埋没する寸前でどうにかチエちゃん先生を押し止める。
少し残念な気もするが、今この場でそんな事になれば皆から一体どんな罵詈雑言を浴びるか分かったものじゃない。
「あ~……、それじゃあ試しに今日合わせてみますか?」
「えっ、もう出来てるの!?」
「先生落ち着いて。近い、近いです……」
目の前に迫るポヨポヨの誘惑に必死で抗う僕。
「おいおい、マジで何の話だよ?」
いい加減痺れを切らせたヒロが話に割り込んできた。
何だかんだとタイミングを逃していて、実は未だに仲間達にあの時の話はしていなかった。
「えっと……、じゃあせっかくなんで、今日は先生も一緒にスタジオ行きま――」
「行く! 絶対行く!」
僕が言い終わるよりも早く、ふんすっと鼻息荒く即答するチエちゃん先生。
「え~、先生もいなくなっちゃうなら私達も行きたいですよ~」
「そうですよ~、いっつも先輩達だけズルいですよ~」
「ずるくはないと思うけど……。じゃあ今日は皆で行きましょうか」
『やったー!』
何か勝手に話が進んでいってる気もするが、よくよく考えてみれば後輩ちゃん達はマサを除いてまだスタジオ実家に行った事がない。
いずれお世話になる訳だし、むしろ良いタイミングかもしれなかった。
「じゃあ、僕ちょっと叔父さんに電話入れてきますね」
「大丈夫? 先生がした方が良くない?」
「いや大丈夫ですよ。叔父さんそんな事気にしないですし。それじゃちょっと行ってきますね」
当然まだ中学生がスマホを持っている様な時代じゃない、と言うか個人で気軽に携帯電話を持てる様な時代ですらない。
正面玄関に一台だけある緑電話を掛ける為、僕は一人旧音楽室の扉に手を掛けた。
「で? 結局何の話だったんだよ」
「いや、俺に聞かれても知るわけないだろ」
「右に同じく」
「……僕も知りません」
皆がいそいそと出掛ける準備を進める中、未だ要領を得ないアーリーバードの仲間達は、ただ揃って首をひねるのだった。
活動報告の方で少し近況について語りたいと思います。





