表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/127

Epilogue -Where the light shines-

「全く……、大戦が終わって千年も経つというのに、どうしてこう人という生き物は揃いも揃って争いが好きなのであろうな……」


 苦虫を噛み潰したようなという表現がこれ以上ない程しっくりとくる表情で、老人が愚痴るように零す。


 胸まで届く真っ白な白髭を湛え、頭には天辺の尖ったつば広の魔導帽を目深に被り、顔の中で唯一覗けるのは落ち窪んだ両の目。

 その唯一覗く両目もギョロリと周りを睨めつけ、いかにも疑り深そうな性格を表しているのか、お世辞にも友好的とは言えそうにもない。


 深く腰掛けた豪奢な椅子に立て掛けられた奇妙にうねった杖は、老人の顔と同じぐらい深い皺が刻まれていて年季を窺わせる。


「本当にそうですね! 仰る通りです! ええ、全く、全く」


 不自然な作り笑いを張り付かせた顔、今にも揉み手でも始めそうな媚びへつらった態度。

 腰巾着という呼び方がピッタリな若者が、ヘコヘコと老人に同意の声を上げる。


 その背中には言動とは不釣り合いな程美しい翼が白銀に輝いている。



 ――そこは不思議な場所だった。


 場所と言っていいのかどうかも判断が難しい。


 仄白く光る空間がどこまでも果てなく続き、どちらが上でどちらが下なのかすら不明瞭で現実感が乏しい。


 空も地面も、どころか見渡す限り何一つ目に映る物が無い光の虚空。


 一体どんな仕掛けになっているのか、そんな何も存在しない中空にポッカリと浮かぶのは、繊細な装飾で彩られた絢爛な円卓と、円卓を囲んで配置された玉座と見間違う程に見事な七揃いの椅子。


 先程の二人が腰掛けているのも、この不思議な虚空に浮かぶ椅子の内の二脚だった。


「まぁいざとなれば俺が()()()()構わんのだがな、ワッハッハッハ!」


 全身はち切れんばかりの筋肉に身を包み、腕を組んだまま豪快に笑う男。

 普通の人間なら優に2人は座れそうなサイズの椅子が窮屈に見えるその巨体は、ある意味この中にあって一番浮いていると言えるかもしれない。


「お戯れも程々に……。過度な干渉は――」

「あー、分かっておる分かっておる。ちょっとした冗談ではないか……」

「それならば良いのですが……」


 やや冷たい流し目で細い眼鏡をクイッと上げた女性。

 肩の辺りで綺麗に揃えられた薄いブルーの髪。

 驚く程整った顔立ちではあるが、その美貌がキツめの性格と相まってかえって人を遠ざけているような印象を受ける。


 その割にと言っては失礼だが、注意した大男と比べると身長はその半分もない。

 持て余す大きさの椅子にちょこんと腰掛け、届かない足をプラプラさせている姿はどこか愛らしい。


「ですが実際難しい問題ですなぁ~。容易に手出しは出来ませんし、かと言って見て見ぬ振りともいきませんしなぁ~」


 どこかのんびりとした口調の掠れた声の主は、この異質な空間の中にあっても飛び抜けて異質と言っていい。

 果たして男性なのか女性なのか、ただ一人だけ、いや()()という数え方すら正しいのかどうか分からない。


 唯一用意されている椅子にも腰掛けず、文字通り()()()()()のは一本の木だった。


「イルミドナもまた色々と動いているようだしナ……。場合によってはいつまでも静観という訳にもいくマイ……」


 ぎこちない口調でそう言ったのは、前者と同様外見から性別の判断は難しい。


 全身妖しく光る鱗に包まれ、背中には羽毛ではなく飛膜を持つ大きな翼。

 鼻先へと長く伸びた顎に並ぶ鋭い牙、頭頂に突き立った二本の角、そして朱に輝く縦長の瞳孔が特徴的だった。


「全く……、あの連中はまだそんな事を……」

「イルミドナの復活は有り得ないとしても、まぁ放置は出来んわなぁ」

「力に訴えるのは同意しかねますが、どうやら東では魔族も動いているようですしね」

「確かにそれはワシも聞いておるのぉ~。北の方はどうなっておるのじゃ~?」

「今のところは特に……といった感じカ……。先は分からぬガ……」



 活発に交わされる意見。

 時折混ざる大声、笑い声、囁き声、嘆息。


 だがそんな中にあって、唯一無言のままの主が座る椅子が一つ。


 憂いに満ちた表情でやや俯き加減の人物。


 絹糸の様に(きらめ)く長い銀髪、陶器の様に白く透き通った肌、女性としての魅力をこれ以上ない程集めたかの様な均整の取れた体つき。


 そのきめ細かな肌と同様に、汚れ一つない白い無垢なキトン風の衣装。

 頭の上には、これもまた銀髪と同じぐらい端麗な白金に輝くティアラ。


 そして何よりも慈愛と哀愁を同時に併せ持った、この世のものとは思えない程に見目麗しい美貌。


 先程の小柄な女性を「可愛らしい」と表現するならば、こちらはまさしく比類無き「美の化身」だった。


 見ようによっては泣いている様にも見える、キラキラと反射するエメラルドグリーンの瞳に長い睫毛を震わせ、身動(みじろ)ぎ一つせずにただ黙したまま一同の様子を見守っている。


 かれこれ話し合いは1時間以上にも及び、しかし彼女がこの場に姿を現してから何一つ発言する事はなかった。


「あ~……、その~、あなたは何かないのですか? その……、意見とか報告とか……」


 この中で一番場の流れや空気を気にするのであろう、腰巾着の男がそう切り出した。


 一同の視線が一斉に彼女へと向かう。


「……私は……、その……。……いえ、特に……」


 夜明け前の澄み渡った冷気に響くかの様な、可憐で静謐な声が光の空間に流れた。


「全く……、まだ音楽などと、子供騙しみたいな事を考えている訳ではあるまいな……」

「いえ……、ですが、その……、音楽は――」

「音楽で争いがなくなるってんなら、最初っから誰も苦労はしないだろうな」

「……いえ……、ですが……」

「まぁまぁ、無駄に煽らなくても良いでしょう。それよりももっと前向きな、建設的な話し合いをしましょう」

「トハ言ってもナ……。好き勝手に動けない以上ハ……」


 その一度のやり取りだけで、何事も無かったかの様に彼女を残して話し合いは進んでいく。


 特別彼女が冷遇や無視をされているという雰囲気でもない。

 皆それぞれ真剣に考え、活発にやり取りされる意見交換からもそれは見て取れる。


 それは単に、彼女の意見が『取るに足らないもの』として扱われているというだけの事だった。


 彼女は再び目を伏せる。

 円卓の中央辺りに視線を落とす。


 しかし視線がそこに向けられているというだけで、実際には彼女の瞳は何も映していないのかもしれなかった。


 憂いに満ちた表情で。

 キラキラとエメラルドグリーンに輝くその瞳で。


 そして彼女は再び口を閉ざすのだった……。





 ――結局その会合は2時間近くにも及んだ。


 誰からともなくお開きを告げる声が上がり、今回もまたそれ程有意義とも呼べない話し合いのまま解散となった。


 光の空間から一瞬で光が失われ場が暗転する。


 次に光が戻ったと思った時には、彼女は緑溢れる豊かな庭園の中にいた。


「は~……、結局また何も言えなかった……」

「どうかそうお気を落としませんよう」

「けれど何も皆さんのお役に立てませんし……、何か発言しても全く取り合ってもらえませんし……」

「きっと皆さんも余裕がないのですよ」


 彼女に寄り添うもう一人の女性。

 同じ種類の衣装を身に付け、そして彼女と同じ()()()()()()()()()


 さすがに彼女の隣に並び立つにはあまりにも分が悪い比較ではあったが、こちらもまた非常に美しい女性だった。


「そう、ですね……。いつもありがとう、アーシェ」

「そんな事気にしないで下さい。何もお力にはなれませんが、ご相談に乗るぐらいなら私にも出来ますからね」


 アーシェと呼ばれたその女性は、そっと優しく彼女の背中に手を添えた。


 そのまま庭園を進み、小さな噴水の側にあるベンチに二人並んで腰を下ろす。


「……また、あのお話をされたのですか……?」


 少しだけ顔を曇らせたアーシェが重そうに口を開く。


「ええ……、全然取り合ってもらえませんでしたけどね……」

「……あの……、私がこんな事を言うのは……、その……、差し出がましいとは思うんですけど……」

「……」

「……本当に……、良かったんでしょうか……」


 それは問いと言うよりは、半ば独り言にも聞こえた。


「……その――」

「決して許される事ではないと思っています」


 それまでのどこか煮え切らない口調ではなく、しっかりと力の篭った目で真っ直ぐに前を見据え、揺るぎない意思を込めて彼女はハッキリとそう言った。


「ですが、間違った事をしたとも思っていません」

「そう……ですか……」

「それに……」


 彼女は再び目を伏せる。


 憂いに満ちた表情で。

 キラキラとエメラルドグリーンに輝くその瞳で。


 しかしその瞳には強い光が宿っていた。


「もう後戻りは出来ません、術は成されてしまったのですから。後悔もしていません」


 言葉に淀みはなかった。

 力強い響きだった。


 彼女は顔を上げる。

 俯く事をやめる。


 言葉通りその表情から曇りは消え去っていた。


「そう……、そうですね! 仰る通りです!」


 彼女に引っ張られたのか、次に顔を上げたアーシェの表情も本来の明るさを取り戻していた。


「長い会議でお疲れになったんじゃないですか? 美味しいお茶でも淹れましょう。甘い物もありますよ?」

「ふふっ、ありがとうアーシェ」


 先にベンチを立ったアーシェが彼女に手を差し伸べる。

 そっとその手を取る彼女。


「それじゃあ行きましょうか」


 グッと腕に力を入れる前にアーシェは呼ぶ。


 彼女の名を。


 神格を得て天界へと上がった、美しきそのエルフの女神の名を。


()()()()()様」


 と。

延長に次ぐ延長、長い長い第三部もこれで本当に幕を降ろしました。

これでこの『ラヴ&ピース』という物語の、『西部放浪編』とでも呼ぶべき前編に当たる部分が終わった事になります。


まずはここまでイッチーの旅を見守ってくれた皆様に深く深く感謝を。


正直に言えば、プロットの段階ではこの第三部の時点で30万字を越えるとは全く予想していませんでした。

次から次へと書きたい事が増えていき、一話をある程度の長さに収める為にもとにかく苦労の絶えない第三部でした。


それでもここまで書き続けてこれたのは、偏に応援してくださる読者の皆様のお陰です。


去年の9月に復帰してから約半年、以前とは見違える程多くの方に読んでいただけるようになりました。

まだまだイッチーの旅は続きます。

願わくばこれからもこの旅を見守っていただけますように。


そして最後になりますが、少しだけ宣伝を。

普段はなるべく控えていますので、一部に一回程度だと思って許して下さい。


レビュー、感想、評価、ブクマ等々、お待ちしております。

それら全て僕の糧となり、励みになり、燃料にもなります。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


3/18/2020

海凪美波流


Bon Jovi:1989 Live in Moscow -Music Peace Festival-を観ながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ようやっとの表題登場。あらすじのはなしが未だ見えて来ず、半ば忘れてさえいましたが、ここで一気に開示ですか。今まで折りに触れて音の凄さを見せ付けて来たわけですが、人数が増えただけあって、最高…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ