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第十八章 -Jump- 西へ東へ

 明けて翌日、三毛猫亭前。


 前回ロドンゴへと旅立つ時も中々に大変な騒ぎではあったけど、今日はその騒ぎの桁が違う。

 まだ早朝だと言うのに、三毛猫亭前の街路は既に人で埋め尽くされている。


 それでも大した混乱も無く、集まった人々が皆穏やかなムードで落ち着いているのは、間違い無くエリオが前もってあれこれと手を回しておいてくれたお陰だろう。


「いや~、しっかし昨夜はすげーもん見せてもらったな」

「トーガさん、本当にわざわざ来てもらってすいません」

「まぁさすがにアンクーロともなれば、気軽にちょっとそこまでって訳にもいかねーからな。それにしても、あん時声を掛けた兄ちゃんがこんな大物になるとはなぁ……。俺の見る目も捨てたもんじゃねーってこったな、ハッハッハッハッ!」


 そう言って豪快に笑うトーガと会うのも、あの時ラントルムで別れて以来。


 考えてみればあの時トーガと出会っていなければ、今この場に集まっているほとんどの人達との出会いもなかったのかもしれない。


「その点に関してはトーガの言う通りかもしれないな。お前との繋がりが無きゃ、その後うちに泊まる事もなかったんだろうしな」

「フロッソさんも無理言ってすいません」

「よしてくれよ、他でもない兄ちゃんの頼みだ。それに俺はどっちかって言うと()()()()()()()の方が役目みたいなもんだからな、アッハッハ。ほれ、いつまで隠れてんだ、出てこい」


 トーガに促されて後ろからソロソロと出てきたのは、あの時の子供達だった。


 沢山の大人達に囲まれているせいか、それどころか街路を埋め尽くす群衆に囲まれているせいか、もしくはその両方か……、どこか皆揃って緊張した様子で顔を伏せていた。


 何はともあれ皆元気そうな事と久しぶりに会えた事もあって、ティアレと二人顔を合わせてホッと微笑む。

 なんだかんだで、あの救出劇からもう数ヶ月が過ぎようとしていた。


 とりあえずその場にしゃがみ込むと、ようやく目を合わせる事が出来た。


「皆久しぶりだね。わざわざ来てくれてありがとうね。昨日は楽しかった?」

『……』


 まだ緊張しているのか、お互いキョロキョロと顔を見合わせている子供達。

 そんな中から一際小柄な姿が飛び出してくると、そのままポスンと僕の胸に飛び込んでくる。


「お兄ちゃん!」


 忙しなく動く猫耳と、嬉しそうに跳ね回る尻尾。

 ラントルムで出会い、何の因果かノーベンレーンでの事件にも巻き込まれた女の子だった。


 隣ではムースが明らかに「むぅ」とむくれているが、今は我慢してもらうとしよう。


 ついでに言えばスズも「むぅ」とむくれているが、こっちはスルーしておく。


「よく来てくれたね。昨日は楽しかった?」

「うん、凄かったの! お姉ちゃんの魔術も綺麗だったし、それにあんなにイッパイ精霊さん見たのも初めてだった」


 嬉しそうにはしゃく女の子に釣られたのか、押し黙っていた子供達も口々に「楽しかった」とか「綺麗だった」と盛り上がり始めた。


「そっか、皆元気そうで本当に良かったよ」

「ノーベンレーンだと、皆毎日お兄ちゃんの事お話してるんだよ!」

「ハハッ、そうなんだ。ちょっと照れくさいね」


 そっと頭に手を乗せて柔らかい癖っ毛をかき回してあげると、くすぐったそうに目を細めている。


「……でも……、お兄ちゃん達、遠くに行っちゃうの?」


 ある意味子供らしいとも言える起伏の激しい感情の変化で、急に悲し気に目を伏せた女の子がそう呟いた。


 ここルベルスからアンクーロまでは相当距離があるという話だし、ましてやノーベンレーンからともなれば、さっきのトーガの言葉ではないが『気軽にちょっとそこまで』という訳にはいかなくなるだろう。


 一瞬だけ考えてから、女の子の頬を両手で挟み込み、少しだけ強引に上向かせると「うにゅ」とおかしな呻きが一つ聞こえた。

 今にも零れ落ちそうな涙を湛えた両目を、しっかりと正面から真っ直ぐに見つめる。


「いつか必ず、また西の大陸に戻ろうってティアレと約束したんだ。だから絶対にまた会えるよ、心配しないで」

「……ホント……?」

「うん、約束する」


 そう言って差し出した小指に、僕の半分程度しかない小さな小指が絡まるまでにはほんの少しの時間が必要だった。


 やがておずおずと繋がれた小指。


「……分かった。それじゃあお兄ちゃんが来るの待ってる!」


 次に顔を上げた時、彼女の顔にはようやく向日葵の様な眩しい笑顔が戻った。


 これで決して(たが)う事は許されない約束が、僕の中にまた一つ追加された訳だ。


「なんだかあっしまですいやせん……。どう考えても場違い感が……」

「そんな事ないですよ。忙しいところ無理に時間作ってもらって、こっちこそすいませんでした」


 大きな体を縮こまらせて次に現れたのは、レリュート号の船長だった。


「いやぁ、と言っても実際忙しかったのは、せいぜい昨日の昼過ぎぐらいまででしてね……。それ以降はルベルスから出る船に乗る人間が一人もいなかったんで、結局あっしらはやる事もなかったんでさあ」

「そうだったんですね。でも船長にはそれ以前に大きな借りがありますからね」

「あ~……、まぁそっちも……、ほら……、あの方が、ね……?」


 そう言って船長がチラリと目配せした方に立っているのは、いかにも悪そうにニヤリと片方だけ口角を吊り上げたエリオの姿が。


 確かにいくら船長船員が揃って口裏を合わせたとしても、あれだけ大きな騒ぎになっていたものが随分アッサリ収まったと不思議に思ってはいたが、やっぱりエリオが裏で手を回してくれていたらしい。


 本当にどこまでも頼りになる男だけど、それだけに絶対に敵には回したくないタイプだ。


「それにあっしとしては、むしろお礼を言わなきゃいけないぐらいで……。ほれ、いつまで隠れてんだ! 大体お前いつもそんなキャラじゃねーだろうに」

「や、やめてよ父ちゃん! イッチー様の前で恥ずかしい!」


 船長の背中をバシバシ叩きながら後ろから現れたのは、白い毛に包まれた外見だけはまるっきり狼の獣人だった。

 未だモフモフ度の高い獣人の見分け方が良く分からない僕でも、『ああ、やっぱり毛並みとか色艶も遺伝なんだな』と納得出来るぐらいには船長ととても良く似ている。


 どうやらこの子が以前サインを頼まれた船長の娘さんらしい。


「来てくれてありがとう」

「そ、そそ、そんなっ! わ、私の方こそ、お、お招きにあじゅかり……、こ、光栄の至り、で……ぐぅ……」


 ミンクも顔負けなぐらい見事な噛み噛みっぷりだった。


「ハハッ、そんなに緊張しなくてもいいよ。船長には以前とてもお世話になったからね。そのお礼をさせてもらっただけだから気にしないで」

「は、はいっ! わ、私イッチー様の大ファンですっ!」

「ありがとう、いつかまたモルド島にも行かないとね」

「本当ですかっ!?」

「あっ……、うん……。多分……、きっと……」


 あまり闇雲に約束事を増やしすぎるのも考えものだが、いずれまた西の大陸や南の大陸を回るとなれば、どうしたってモルド島にも立ち寄る事にはなるだろう。


「さてさて、相変わらず獣人をたらしこむ腕前は大したものだな。いくら一夫多妻が認められているとは言っても程々にな、婿()殿()

「勘弁して下さいよ……」


 人波を掻き分けながらも、明らかに一人だけ縦にも横にもスケール感の違う巨躯。

 それに加えて戦闘力皆無の僕でも分かる、体から滲み出るオーラと存在感。

 何がどうしても見間違えようもないその人。


「フューレンさん、わざわざありがとうございます。それにウルハさんも」

「さすがに娘の晴れ舞台とあってはな、来ない訳にもいかないだろう?」

「本当に、素晴らしい物を見せて頂きました。スズも以前とは比べ物にならないぐらい腕を上げて……。ところで昨夜叩いていた楽器は何?」

「あれはカホンっていってニャ……」


 ウルハさんとスズが二人で話し始めた事で、自然と僕はフューレンさんと向き合う形になる。


「娘の事……、頼みます……」


 小さな、けれど真剣そのものの声音で一言だけそう言った後、見上げる高さにあったフューレンさんの頭が僕のすぐ前まで降りてくる。


「……止めて下さいよ……、僕らは共に旅する仲間です……。持ちつ持たれつですよ」


 気恥ずかしさもあったけれど、決して社交辞令ではなかった。

 誰が誰に寄り掛かっている訳でもなく、お互いが支えあっている。

 それはムースでさえも同じだ。


 多分そうでなければ僕らは一緒に旅を続けていけない。

 皆がそれを分かっているからこそ、良い関係を築けている。

 なんとなくそんな気がした。


 見失うはずもないフューレンさんの体がフッと一瞬視界から消えたと思った時には、その虎の顔は僕の真横にあった。


「(婿入りの件、諦めた訳ではないですからな)」


 果たしてそれはどこまで本気の言葉だったのか。

 少なくともその声に冗談は含まれていなかった様に思える。


「ハ、ハハッ……」

「ハッハッハ!」

「アハハ……」

「アーッハッハッハッハッハ!」


 僕の乾いた笑いに対して、プレッシャーすら感じるフューレンさんの高笑いが響く。


「何やってるのニャ、二人共……」

「さあ? きっと男同士で大切なお話があるんでしょうね」


 若干引き気味に呆れた口調のスズと、どう考えても分かっててとぼけているウルハさん。


 何と言うか最後まで締まらない感じではあるが、むしろそれもまた僕達らしいと言えばらしいのかもしれない。


「おーい! あんちゃん、準備出来たぞ~!」


 三毛猫亭の前に横付けした荷馬車から親方の声が聞こえてくる。


 「俺がやっとくから、お前ぇらは挨拶してこい」とぶっきらぼうに背中を叩いた親方。

 いつの間にか少しずつ増えていった僕らの荷物。

 それはある意味、僕らがそれだけの時間をこの場所で過ごしてきたという証でもあった。


 もっとも僕の荷物は相変わらずギターケース一つだけだったけど……。


「さあ、皆行こうか」


 まだそれぞれ色々な人達と話し足りない事もあるだろうけど、このままずっとここに留まっている訳にもいかない。

 僕らはまだ旅の途中。



 静かに荷台まで近付いてきたエリオが、いつもと何ら変わらない様子で、いつも通りの優美な一礼を決める。


「それでは皆様、くれぐれもお体にだけは気を付けて。エイトビートの事はお任せ下さい」

「店の事頼むな。こっちはこっちでやれるだけやってみるからよ」

「エリオさんも元気で。エイトビート暫く任せっきりになっちゃいますけど、よろしくお願いします」


 一人一人、固いハグを交わしながら順番に荷台へと乗り込んでいく。


「ご心配には及びません。それに……」

「……それに?」

()()()()()()()()()()には、キチンと間に合う様に戻って来てもらいませんと困りますからね」


 そう言って見せた無邪気な悪戯っぽい笑顔は、いつもの満点営業スマイルとは全く違うものだった。


「ガッハッハッハ! ちげぇねぇ」

「そうですね、確かにその通りです。それじゃあまた来年グランストックで」

「はい、お待ちしております」


 お互い言いたい事も、伝えたい事も、まだまだ沢山あるような気もしたが、それ以上何も言葉は出て来なかった。

 

 ただ一度だけきつく抱き合ってから、一番最後の僕が荷台へと上がる。



「出すでござるよ」


 セツカの声と共に、ココルに引かれゆっくりと馬車は動き出す。


 以前より少し狭くなった荷台の中。

 狭くなった分だけ、以前よりかなり賑やかになった荷台の中。


 それぞれの想いを胸に……。



 少しずつ三毛猫亭が遠ざかって行く。

 そこに集まる数え切れない程の人達も。


 街路を埋め尽くす程の人出とは裏腹に、ルベルスの街はシンと静まり返っている。


 ただ押し黙ったまま大きく振られる皆の右手が、寄せては返す波の様に揺れているだけだった。


(……こんなの、らしくないな……)


「セツカ、ちょっと止めて」

「えっ!? 急にどうしたでござるか」

「皆ごめん、ちょっと集まって」


 手招きする僕に、訳が分からないといった様子のまま仕方なく荷台の中央に身を寄せる仲間達。


 そんな事はお構いなしで、ある一つの作戦を伝える。

 それを聞いた皆はやれやれと、揃って呆れた表情を浮かべてはいたが全員笑っているのは間違いなかった。


 急に止まった馬車を気にしてか、少しずつ人波が馬車の方へと近付いて来る。


 僕らは全員我先にと幌を跳ね上げてある荷台の後部へと集まり、折り重なる様にして身を乗り出す。


 一つだけ大きく息を吸い込んでから僕は叫ぶ。


「せーのっ!」


『ラヴアンドピース!!!』


 同時に真っ直ぐ伸ばした右手に、ピンと突き立つ二本指。

 愛と平和を願う、祈りを込めたハンドサイン。


『……』


 完全に呆気に取られた群衆に、数秒空白の時間が流れる。


 しかしそれまでユラユラと揺れているだけだった右手が、空目掛けて真っ直ぐに掲げられた。


 その右手にも僕らと同様ピンと突き立てられた二本の指。

 

 向こうの世界では本来の意味すら遠い過去に忘れ去られ、それでも日常に溶け込み決して廃れる事なく使い続けられてきたハンドサイン。


 『ピースサイン』


『ラヴアンドピーーーーーース!!!!!!!!!』


 空気を震わせる程の大歓声がルベルスの街に響き渡る。


『ラヴアンドピース! ラヴアンドピース!』


 ようやく笑顔が戻った人達の声に包まれながら、今度こそ僕らはこの街から旅立つ。


「イッチーさん、ほらいつものあれ」


 クスクスと笑うティアレを見て、すぐに何の事か分かった。


 首を傾げているのは三人。

 そう言えば初参加になるムース、親方、ミンクの三人は当然知らない。


 そんな三人にそれぞれ耳打ちをして、僕らの恒例行事をしっかりと伝える。


 これもまたやれやれと笑いながら肩を竦める親方とミンク、そして一人やたらやる気のムース。


 全員で顔を合わせ、一つだけ揃って頷く。


「それじゃあ、次に目指すは~、大陸最大の商業都市!」

『アンクーロ!!!』



 どこまでもどこまでも高く、広く、青く澄み渡った空に

 僕らの叫びと笑い声が、遠く遠く吹き抜けて行く。


 再びゆっくりと馬車は動き出す。


 ゴトゴトと車輪を鳴らしながら。



 7人の音楽馬鹿と、数え切れない程の音楽馬鹿達の想いを乗せて……。

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