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第十八章 -Jump- 謎の箱

「あれ? イッチーさんお店」

「閉まってるね……」


 ティアレに言われてショーウインドウ越しに覗くと、店内にはお客さんの姿どころか術灯の明かりすら一つも灯っていない。

 ここ最近はほとんど毎日の様に通いつめていたが、店が閉まっているのは見た事がない。


(よくよく考えてみれば、ほぼ年中無休で店を開けていると言うのも果たしてどうなんだろうという気がしてくるけど……)


 頭の上ではムースが「おやかた~、おやかた~」と呼んでいるが、常に工房に篭っている親方にここから声が届く訳もない。


「貼り紙があるでござるな」


 確かに店の扉の前には貼り紙があり、手書きで昨日と今日の二日間店を閉めると簡潔に書かれていた。

 最後に僕が来たのが二日前だから、丁度その後から店を開けていない事になる。

 もしかしたら最後の追い込みに集中していたのかもしれない。


「裏口に回りますか?」

「開いてるのニャ」


 スズが何気なく手を掛けたドアは何の抵抗も無くするりと開き、いつものチリンチリンという軽快なベルを響かせた。

 無用心だとも思うが、僕らの為に開けておいてくれた可能性が高いので何とも言えない。


「こんにちは~」

「こんにちはなの~」


 人数が人数なので、立て続けにチリンチリンと派手な音を撒き散らしながら薄暗い店内へと足を踏み入れる。

 するとなぜかカウンターに突っ伏して寝ていたらしいミンクが、丁度眠そうに目を擦りながら顔を上げたところだった。


「……やっと来たでしゅ……。……なんか皆おめかししてるし、こっちは一昨日からほとんど徹夜でしゅよ……」


 普段からも決して滑舌が良いとは言えないミンクだが、今は更に拍車をかけてムニャムニャと良く分からない事を呟いている。

 ほっぺたに残ったカウンターの継ぎ目の痕と、重なる様にして残るヨダレの跡がいかにもミンクらしいと言えばミンクらしい。


 最近二日と空けずに工房に通っていて分かった事だが、普段はこんな感じのポンコツドワーフ娘も、ひとたび作業に入るとまるで別人の様にキビキビと動き始めるのだ。

 細かい作業を得意としているらしく、一言も口を開かないまま数時間も作業台に向かって集中している横顔などは、とても普段の姿からは想像も出来ないのである。


「あ、鍵を掛けるのを忘れちゃ駄目でしゅよ……」


 背の高いカウンターのスツールから這い降りたミンクにそう言われ、最後尾のエリオが施錠を確認する。


 ボーッとしている様でこういう所はしっかりしている。

 と言うかやっぱり僕らを待っていてくれたらしい。

 鍵を開けて待っている内に睡魔に負けて、カウンターに水たまりを作っていたとかそんな感じだろう。


「親方は?」

「……あの人を誰だと思ってるでしゅか……。もう次の開発に入ってるでしゅよ……」

「……はい?」

「困った事にそういう人なんでしゅ……」


 僕もあまり人の事は言えないが、一昨日からほとんど徹夜で作業を続け、ようやく完成した直後にもう次の開発を始めているとは呆れ果てる程のバイタリティだ。


「親方、こんちは~」

「おう、あんちゃんやっと来たか。今ちょっと手が離せねぇから少しだけ待っててくれ」


 キィンキィンと何やら甲高い金属音を鳴らしながら、親方が振り返りもせずに答える。

 

「でしたら何かお飲み物をご用意致しましょう。ミンク様もお疲れでしょうし」

「すまねぇがそうしてくれると助かる。すぐに終わらせるからよ」

「それじゃあ私もお手伝いします。人数が多いですから」


 そのままゾロゾロと広い工房の定位置である隅のテーブルセットに移動し、どう考えても足りない椅子の代わりになりそうな台や木箱を集める事になった。


 そこで誰もがほぼ同時に気付いた事がある。

 工房の真ん中辺りにポツンと無造作に置かれた、()()()()()の存在だ。


「あれは駄目なのかニャ? 座るには丁度良さそうなのニャ」

「確かに座るには、いかにもピッタリな大きさと高さでござるな」

「ああ、あれは駄目だよ」


 部屋の中心に鎮座する、あまりにも不自然な木箱を取って来ようと思う人はいなかったが、念の為に釘を刺しておく。

 

 それでも事情を知らないスズ、セツカ、ムースの三人だけはその箱が気になる様子で、時々チラチラと見ているのが丸分かりだった。

 あとはエリオの手伝いに回ったティアレも当然この事は知らない。


「よし、こんなもんだな」


 やがて親方が肩を回しながら立ち上がるのと、トレーを手にしたティアレとエリオが戻って来るのがほぼ同時だった。


「もしかしてもう片方も完成したんですか?」

「まぁこっちは試作に毛が生えた程度だけどな。言ったろ? ()()()()は俺の得意分野だって」


 そう言って親方は満足そうに笑って親指を立てる。

 隠しきれない疲労を滲ませながらも、ひと仕事を終えた充足感に満ちたその表情は、どこかレコーディングを終えた後の山さんを思い起こさせるものだった。


「一体何を作っていたんですか?」

「そりゃあ、あれだよ――」


 ティアレの質問に僕、親方、ミンク、エリオの返事が綺麗に重なる。


『秘密兵器』

『秘密兵器?』


 今度は逆にティアレ、スズ、セツカ、ムースの声が重なる番だった。


 とりあえずは親方とミンクが一息入れるのを待ってから、膝の上のムースを床に降ろして立ち上がる。


「それじゃあスズ、ちょっと来てみて」

「ニャ? そう言えば来る前にも、アタシに用があるみたいな口ぶりだったのニャ」

「まぁまぁ……、とにかくその箱に座ってみて」

「座るのかニャ? やっぱり椅子だったのかニャ?」


 言われるがまま僕について立ち上がったスズだったが、相変わらず頭の上にはクエスチョンマークが大量に浮かんでいる。


「なんか後ろにおっきな穴が開いてるの~」


 いつの間にか四つん這いになったムースがうんうんと唸りながら、箱の後ろから穴の中を覗き込んでいる。


「穴? ゴミ箱かニャ?」

「おいおい……、さすがにそりゃあねぇだろ……。なんで俺がわざわざゴミ箱作らにゃならんのだ……」


 情けない口調で親方が抗議の声を上げる。


 皆もそろそろ我慢の限界が近付いたのか、箱を取り囲む様にして工房の中心へと集まって来た。


「座ったけど、それでどうしたらいいのニャ? 確かに座り心地は丁度いいけどニャ」

「ははは、まぁ座り心地は置いといて」


 ()()()使()()()なので、実はスズの感想自体もそれ程的外れという訳でもなかったりする。


「じゃあ、まずは……。この箱の真ん中辺り」

「この辺かニャ?」

「そうそう、そこを手の平全体で気持ち強めに叩いてみてもらえる?」

「? こうかニャ」


 すると下腹部が痺れるとは言わないまでも、「ドゥーン」というしっかりとした低音が工房内を微かに揺らす。


「ニャニャ!?」

「今度は少し上の場所を指先だけで弾く様にして叩いてみて」

「こ、こうかニャ?」


 すると今度はさっきとは違って、「ドン」という歯切れの良い低音に変化する。


「ニャニャニャ!? どうなってるのニャ!? この箱は術具か何かなのかニャ??」

「ううん、中にはなんの術も編まれてないの~」


 相変わらず四つん這いのムースが、一生懸命中を覗き込みながら答えた。


「ほらほらムース、あんましチョロチョロしてっと危ねぇからな」

「はーいなの」


 親方に抱き抱えられたムースは素直に返事をすると、少しくすぐったそうにはにかんだ顔で笑っていた。


「これ、もしかして打楽器なんですか?」

「打楽器に関してはバルハイド族以上に長けた種族はいないと思っていたでござるが、拙者もこれまで見た事も無い楽器でござるな」


 確かにバルハイド族の演奏は見事としか言いようがない程素晴らしいものだったが、例えスズの6連だろうとドンゴという一種類の楽器だけでは当然出せる音の幅に限界はある。


「驚くのはちょっとまだ早いかな。次は箱の上の縁の辺り、そうそうその辺。そこを指先を使って軽ーく叩いてみて」


 スズが言われた通りに箱の端っこ近くを連続して叩くと、「トットットットッ」という柔らかな音が響く。


「最後は箱の角の方、そうその辺り。そこをスナップを効かせて指先でひっぱ叩くみたいにしてみて」


 すると今度は今までとは全く種類の違う、「タンッ」という小気味の良い乾いた金属音が混ざる。


「ちなみにこのエッジを叩いても」


 最後に僕が叩いたエッジからは「カッ」と木を打ち合わせた様な甲高い音が生まれた。


「な、なな、何なのニャこの箱は!?」


 さっきまでのムースではないが、さすがに皆も興味津々といった様子でしゃがみ込んで箱を観察し始めた。


「これはね、『カホン』っていう楽器だよ」



 まだアーリーバードが現役だった頃、海外にレコーディングに行った際、スポンサーの好意でカホンの手作り工房へ招待してもらった事があった。

 ただの見学の予定だったはずのそれは、「なんだったら一緒に作ってみるかい?」という気さくな職人の一言で事態を一変させる事になる。


 ただの興味本位で始めさせてもらった体験教室は、いつしか『誰が一番優れたカホンを作れるか』という謎の競争心を煽り始めた。

 素材選びから始まり、様々な種類があるカホンの構造を一から学ばせてもらった。


 そして一ヶ月以上あったはずの滞在期間中、僕ら5人は観光もそっちのけで毎日の様に工房へと通い詰める事となるのであった。


 「それじゃあ、ファンへのプレゼント企画って方向にしようか」というマネージャーの提案も全員余裕でぶっちぎり、5人分のカホンを日本に空輸させるという暴挙に出た逸話は今でも語り草となっている。


 もっともこの経験のお陰で、今回親方への開発依頼がスムーズに運んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。



 そう、この『カホン』こそが僕がスズの為に用意した新たな秘密兵器。

 ただの打楽器を、スズの類稀なる才能を、もう一段高みへと押し上げる為の秘策だった。


 更に――


「さて、それじゃあそろそろ俺の番だな」


 コーヒーを飲み終えた親方が悠々と立ち上がり、さっきまで作業をしていた場所から()()()()()()()()()を運んで来る。


「さすがにスタンドの方まではまだ手が回らなくてな」


 そう言ってスズの前に置いた二本の木製スタンド。

 その上で鈍い黄金色を放つ二枚の円形の金属板。


 一枚は緩やかな傘状、もう一枚は逆に中心から反り上がって縁だけが傘状になっている。


 ドラムセットにはなくてはならないアクセント。

 シンバルだった。


 それも親方に無理を言って、スプラッシュとチャイナの二種類を頼んでいたのだ。

 カホンの方はほぼ完成間近だったとは言え、たった二日でシンバルまで完成させるとは、さすがと言うべきか恐るべき親方の腕とスピードである。


「こ、今度は何ニャ!? 鍋の蓋かニャ!?」

「おいおい……、はあ……、もういいか……。あんちゃん後は任せたぜ……」


(大丈夫だよ、親方! 僕だけはちゃんと分かってるから、僕だけは!)


 ガックリと肩を落として隅のテーブルへと引き返して行く親方の背中に向かって、僕は心の中で精一杯叫ぶのだった……。

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