第十八章 -Jump- 『エイトビート』
「端的に申し上げますと、相互扶助組織を立ち上げたいと考えています」
「相互扶助組織? なんでぇそいつは」
仕切り直しのコーヒーが全員に行き渡ったところで、エリオの第一声はまさしく端的なものであった。
案の定親方は『コイツは一体何を言ってるんだ』といった表情で首を傾げている。
僕もこの話は今初めて聞かされたものの、正直それほど驚きはしなかった。
どこか『ああ、やっぱりな』という気持ちがあったのかもしれない。
「簡単に説明してしまえば、ごく小規模の商会をイメージしていただければ良いかと」
「いや、簡単って言われても分からねぇよ……」
「イッチー様はどうですか?」
そう振られて暫く考えを巡らせてみる。
何となくエリオがやろうとしている事は分かるが、それがこの世界でどういった形を取るのか適切な表現が見つからない。
「え~と……、つまりアンクーロの親方の店を本店に、この店を支店として残した上で経営だけをエリオさんが受け持つ、そういう事ですよね?」
「さすがはイッチー様。きっと全体像も見えておられますね?」
「全体像? どういうこった?」
全体像という言葉でかえって確信に近付いた。
恐らくエリオは、個人レベルで繋がった複合企業を興そうとしている。
『会社』という概念も無いであろうこの世界において、エリオがやろうとしている事は間違い無く革命的な変化になるだろう。
「分かりやすく言えば、基本的に僕らのやる事は今までと何も変わらないと思います」
「はあ? あんちゃん、それじゃあ余計に意味なんて無いんじゃねぇのか?」
「いえ、ちょっと違いますね。エリオさんに全体の管理運営を任せる事で、親方は楽器の開発に集中出来る、僕は演奏に集中出来る。つまりはそういう事ですよね、エリオさん?」
「さすがでございます」
一言だけそう呟いたエリオは、いつかと同様にパチパチパチと一人で手を叩いていた。
親方を商品開発部門の代表だとすれば、僕はエンターテイメント音楽部門の代表という事になる。
そしてリゾート宿泊施設部門代表のエリオが、それら全てをまとめた物を一つの企業として代表取締役に就く。
そうする事で、少なくとも僕と親方は苦手な金勘定から開放されるという訳だ。
ただしこれはあくまで向こうの世界の企業として考えた場合の話であって、今回は事情が違う。
形だけの会社を作っても、これだと代表取締役に何のメリットもないからだ。
だとすると、もしかしたらこのエリオという人はその更に先まで見据えているという事になる。
「……しかしよ……、それは分かったが、結局お前ぇエリオが面倒なだけなのは変わらないんじゃねぇのか……?」
違和感に気付いた親方がもっともな疑問を口にすると、当のエリオはもう一度僕を見て意味有り気に微笑むだけだった。
親方の意見は100%正しい。
複合企業のガワだけ取り繕ったところで、エリオ自身が全てのお金の動きをコントロールしない限り、所詮は代表取締役という名の貧乏くじを引かされた小間使いに過ぎないのだから。
――そう、ある一点を除いて……。
エリオの目を見て僕は告げる。
「宣伝と広告ですね」
「……素晴らしい! まさか私以外にも、同じ発想に至る方が現れるとは思っていませんでしたよ」
珍しく興奮気味に語るエリオは、さっきよりも激しく手を叩いていた。
「おいおい……、二人で勝手に盛り上がってねぇで、俺にも分かる様に説明してくれ……。掲示板に貼ってる広告と、時々街で配ってるビラなんかがそんなに金になるのか?」
相変わらず意味が分からないといった様子の親方は、腕を組んでムムムと唸っている。
僕がこの世界に来てからこれまで、ここルベルス程の規模の街を含めても、実は広告という物を目にした事が一度もない。
それは単に釣り合うだけのリターンが見込めないのか、もしくはまだそういった文化が生まれていないのかだ。
「それじゃあ親方。例えば僕が演奏するステージで、お客さんの目に付きやすい場所に『三毛猫亭』とか『トッド・ムーシカ』って名前がデカデカと載ってたらどうですか?」
「んん~……? そりゃあ……、まぁ、あんちゃんの演奏に集まる人間の数考えりゃ相当な……、ん? つまりそういう事か?」
「はい、つまりそういう事です」
「なるほどな……。でもよぉ、それだけで本当にそんな効果があるもんなのか? 俺には良く分からんが」
この親方の反応も至って当然だと思う。
わざわざ不確かなものにお金を掛けるという発想が無いからこそ、この世界には広告と宣伝という文化がまだ芽吹いていない訳だから。
「それでは親方。例えばですが、あの『猫亭』はイッチー様の演奏に資金援助をしているらしい。あのイッチー様達が使っている楽器は『トッド・ムーシカ』で作っているらしい。こう考えてみたらいかがでしょうか?」
「……いかがでしょうかって、あんちゃんのギターは俺が作ったもんじゃねぇけどな……」
「はい、存じております。ここで重要なのはこの『らしい』です」
「ん~……。確かに、まぁ……、ん? なるほど! 評判か!?」
親方はようやく合点がいったという具合に、勢い良くポンッと手の平に拳を打ち付けた。
「その通りでございます。そうする事で『猫亭』は全体のイメージアップに繋がり、『トッド・ムーシカ』は当然訪れるお客様が増加致します」
エリオはまるで結果が分かってるかの如く、ニコニコと嬉しそうに語る。
僕にとっては向こうの世界で既に『知っている』事に過ぎないが、ゼロからこの発想を生み出すエリオの天賦の才は恐らく普通じゃない。
「実は私も転生者でございます」と言われても驚かないレベルだ。
「しかしあれだな、こう言っちゃ何だが、エリオが目先の金銭目的以外でそんな回りくどい事に金を掛けるってのは意外っちゃ意外だな」
「ハハハ、……そうかもしれませんね……。今はまだ詳しくお話する事は出来ませんが、私――いえ、私達三兄弟には大きな目標がありまして。これまでは三人お互い競い合い、高め合う間柄でしたが、そろそろ次の段階へ進む頃合かなと思いまして」
『??』
今度は僕も揃って首を傾げる番だった。
三人と言うのは当然黒猫亭のトーガと白猫亭のフロッソを含めての事だろう。
けれど今までその二人はもちろん、エリオからもそんな話を聞いた記憶は一度もない。
エリオ自身が「まだ詳しく話せない」と言うって事は、つまりそれはまだ話す段階じゃないという意味なのだろう。
「ですが正直に申し上げれば、それも理由の一つに過ぎません」
「理由の一つ……。それじゃあ他にも理由があるんですか?」
「非常に申し上げ難いのですが……、恥を承知であえて言わせて頂ければ……、……『音楽が好きだから』では駄目でしょうか?」
言葉通り少しだけ恥ずかしそうなエリオの表情は、出会って以来始めて目にする姿だった。
けれど、同時に浮かべた無邪気な少年の様な笑顔もまた、僕が初めて目にするものだ。
親方もそんな光景に一瞬だけ驚いた様子だったが、決してそれを茶化したりはせず似た様な表情で笑っているだけだった。
「それでは話もまとまったところで、さっそく名前を考えないといけませんね」
照れ臭さから話題を逸らす為だったのか、それともたまたま無意識のタイミングだったのか、その真意は分からないが、エリオがいつも通りの顔に戻ってそう提案してきた。
「名前?」
「ええ、我々相互扶助組織の名前でございます。こういった物には相応しい名前が必要ではありませんか?」
「俺ぁパスだ。そういうのはからっきしだからな。二人に任せるぜ」
親方はそう言って両手を上げると、さっさと諦めてコーヒーを啜り始めてしまった。
「でしたら、ネコネコグループなんていうのはいかがでしょうか?」
「そりゃお前ぇんとこだけだろうがっ!」
任せると言った矢先に、親方はコーヒーを吹き出さんばかりの勢いでツッコミを入れる。
「おやおや……、そうですか。残念ですね……」
どこまで本気なのかサッパリ分からない口調で残念そうに呟くエリオ。
「そう言えばイッチー様は名付けが得意でしたね」
「いや、そんな特技を持った覚えはないんですけど……」
なぜかこの世界に来て以来、やたらとそういった状況に追い込まれる機会が多い気がするが、決して僕自身にそんなスキルがある訳でもない。
「では、やはりここはネコネコ――」
「ちょっと待って下さい、考えます」
「はい、お願いします」
そんな僕らのやり取りを眺めながら親方はクックックッと笑っている。
(親方だって他人事じゃないだろう……)
心の中でそう愚痴るが、とりあえず何か考えないとこのままではネコネコにされてしまう。
とは言え急に考えろと言われても、そんな丁度良い名前がポンポンと浮かぶ訳もない。
(う~ん……。猫亭……、トッド・ムーシカ……、名前、名前……。三人、名前……。……三人? 名前?)
その時完全に偶然ではあったが、僕ら三人の名前が順番に頭の中に並び、それらが結びついた。
「『エリオ』、『イッチー』、『トッド』……」
「あん?」
「私達の名前がどうか致しましたか?」
「エリオさんの『エ』、イッチーの『イ』、トッド親方の『ト』。エイト……、『エイトビート』なんていうのはどうでしょうか?」
僕は立ち上がり、最近ではすっかり背負いなれたケースを工房の隅から持って来ると素早くギターを取り出した。
「音楽のリズムの数え方なんですけど、例えばこう……」
「……『時代遅れの鳥のように』でございますね」
「はい、こういうテンポの事をエイトビートって呼ぶんです」
「フム……、エイトビート……。いい響きじゃねぇか」
「私も賛成です。音楽に関係した名前というのも素晴らしいかと」
本当に咄嗟の思い付きだけだったが、意外にも二人は即決で賛同してくれた。
こうして僕ら三人をそれぞれ代表とした相互扶助組織、『エイトビート』が正式に発足したのだった。
これはこの世界で初めて誕生した、複合企業形態の先駆けでもあった。





