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第十八章 -Jump- お願い

 ――明けて翌日、『トッド・ムーシカ』。


 いつも通りチリンチリンというドアベルを響かせて店内へと足を踏み入れると、まだ午前の早い時間にも関わらずお店は既に結構賑わっている。


「いらっ――あ、イッチーおはようでしゅ」

「おはようミンク」


 僕に気付いたミンクが素早く工房へと向かう。


「親方~! イッチー来たでしゅよ~、それに()()()も一緒でしゅ!」

「あぁん、エリオの奴も? なんでぇまた」

「私に聞かれても知らないでしゅよ……」

「……まぁとにかく勝手に入ってもらってくれ。俺ぁ、今手が離せねぇ」

「だ、そうでしゅ」


 親方のがなり声は工房からも丸聞こえではあるが、一応ミンクに手招きされるまでは待つ。

 親しき仲にも何とやらというやつだ。

 僕に気付いたのか、ヒソヒソと話し始めた他のお客さんを躱すと、サッサとエリオと2人でカウンターを潜る。


 そう、今日僕の隣に一緒にいたのは他の誰でもないエリオだった。


 女の子達は昨日言っていた通り、朝早くからスキップでも始めそうな勢いで久しぶりの買い物へと繰り出していった。

 とは言っても恐らく今日の主役はムースだろう。


 正直僕は女の子の買い物に付き合うのも苦手ではないが、さすがに子供服の趣味までは分からない。

 今日は大人しく自分の用事を済ませて、帰ったらムースの一人ファッションショーでも楽しませてもらうとしよう。


「おやおや、随分な言われようでございますね」

「いや別に悪気はねぇがよ。わざわざお前ぇが来るなんて珍しいじゃねぇか」


 丁度クラヴィコードの解体作業に集中していたのか、背中を向けたまま振り向きもせずに親方が肩を竦める。

 作業台の上には既に外された鍵盤などのパーツが所狭しと並べられ、その一つ一つには小さな付箋が貼られ、丁寧な字で記号や数字が書かれている。


 普段は大雑把に思える親方も、等間隔で綺麗に並べられたパーツや、工程を一つずつ書き写したと思しき大量のメモなどを見ると生来の几帳面さが窺える。


「さすが早いですね」

「そりゃまぁ、手前ぇで作ったもんだからなぁ……」


 既にほぼ全てのパーツをバラし終わったのか、肩を一度だけ回すとようやく親方はこちらを振り返った。


「俺も丁度一息入れようと思ってたところだ。何か飲むかい?」

「でしたら私が。わざわざミンク様のお手を煩わせるのも気が引けますし」

「じゃあ頼むわ。俺ぁ楽器いじるのは得意だが、そっちはからっきしでな。ガハハハハ!」


 楽器を汚したりしない様、工房の隅へと追いやられたテーブルセットに向かい親方と2人で腰を降ろす。

 エリオは場所が変わろうが勝手が違おうが全くお構いなしなのか、普段と変わらない様子でいかにも慣れた手つきで飲み物を用意していく。


「皆さんコーヒーで宜しいですか?」

「おう、すまねぇ」

「はい、ありがとうございます」


 親方は束になった自分のメモ書きをテーブルに置くと、何やら真剣な表情でブツブツと独り言を漏らしている。

 時折急に思い立った様にペンで走り書きなどを加えると、そのまままたブツブツと繰り返していた。


 ある程度落ち着くのを待ってから聞いてみる。


「どんな感じですか?」

「う~ん、そうだな……。金属弦の調整にどんぐれぇ掛かるかにもよるが、多分明日中には終わるんじゃねぇかな」


 相変わらずメモから目を上げないまま素っ気無く言うが、本当に2日で調整と弦の全張り替えを終わらせるつもりらしい。


「溢したりしたら大変ですので、それは一度仕舞っていただいても宜しいですか?」

「お、悪ぃな」


 トレーを持って戻って来たエリオの注意に、慌ててメモを片付け始める親方。 

 作業の邪魔にならない様に端に避けてきたのに、これじゃあ本末転倒だ。

 いつの間にかテーブルいっぱいに広げたられたメモ書きを申し訳なさそうに片付ける姿は、まるで母親に怒られる子供だった。


「で、あんちゃんは昨日来るっつってたから分かるが、エリオは一体何の用だ?」


 受け取ったコーヒーを一口啜ると親方がそう切り出した。


「はい、以前にもお伺いしたとは思いますが、親方様は本当にこのお店を手放されるおつもりで?」

「だぁから、その親方様ってのは勘弁してくれっていつも言ってんだろうが。トッド様よりぁマシだが、そもそも親方に様はいらねぇんじゃねぇのか?」


 僕らの旅の間にも交わされたやり取りなのか、やれやれといった空気の親方。


「……確かに言われてみればその通りですね。それではこれからは親方と呼ばせて頂きますので」

「やっとかよ……。そんで店の事だったな。正直言やぁ、俺も元々この店はミンクに残してやれればと思ってたからな。まぁ肝心の本人が着いて来るって言うんじゃ、しょうがねぇだろ」

「イッチー様とご一緒にアンクーロに移るんでしたね」


 そう言えば、ここを離れる前にそんな話になっていた事を思い出す。

 一応僕の『専属』となった親方は、アンクーロで新しく店を出すという事だったはずだ。

 

 実際親方には既に散々お世話になってきているし、これから先もまだまだ頼みたい事が山程ある。

 とは言え、このお店が失くなってしまうのは、僕としても寂しいというのが正直なところだ。


「先に断っておくが、これは俺自身が決めた事であんちゃんには関係無ぇ話だがな」


 いつもにも増して真剣な目でそう前置いてから親方は続ける。


「新しい楽器の開発にはとにかく金が掛かるんだ。素材探しはもちろん、試作品も何度も作らなきゃならねぇ。ぶっちゃけあんちゃんとエリオのお陰で今は繁盛してるがな。それでもこの店を遊ばせておく程余裕があるって訳でもねぇってのが現実だ」


 当然と言えば当然の話だが、さすがに僕もそれぐらいの想像は出来る。

 実を言えば、今日ここにやって来た()()()()()がこれだった。


 ローブの内ポケットからカードサイズの金属プレートを取り出すと、未だに仕組みの良く分からない認証を済ませて情報を読み出す。


「ちょっとこれ見てもらっていいですか?」

「ん? こりゃあ商会の口座か?」

「はい、ティアレとの共同口座になってますけど、もちろんティアレにはもう許可を取ってます」


 この話を持ち掛けるにあたって昨夜ティアレに相談した訳だが、結果は相談とも呼べない程の即答だった。


 「イッチーさんが稼いだお金なんですから、イッチーさんが思う様に使って下さい」

 それだけをハッキリと言った後、

 「でも明日のムースちゃんのお買い物はお願いしますね」

 と悪戯っぽく笑っていたのが妙に印象的だった。


「……はぁ!? おいおい……、なんだこの金額は……。下手すりゃ王都に家が建つぜ……」

「そうですね、今の相場でしたら郊外なら可能かと」

「いや、そういう話をしてんじゃねぇよ……」


 透過ディスプレイ状に表示された残高の数字を見て、取り乱す親方とは裏腹に落ち着き払ったエリオ。


「実はこれ、僕らが今まであちこちの演奏で受け取ったお金なんですけど」


 この世界に来て初めてラントルムで路上ライヴをやってからこれまで、いくもの街を転々としながら幾度となく演奏を続けてきた。

 その度に報酬は口座に直接支払われてきた訳だが、なにぶん西へ東への旅暮らしで驚く程お金を使わない。

 しかも一番出費が大きそうな宿代がほぼゼロに等しいので、当然減る理由が無い。


「これを楽器の開発費用に充てて欲しいんですよ」

「だから先に断ったろうが。これはあんちゃんには関係――」

「まだまだお願いしたい事が沢山あるんですよ。僕の専属になってくれるんですよね?」


 ここぞとばかりに満面の笑みでそう告げると、親方は一度だけ「うっ……」と小さく呻いてそのまま黙り込んでしまった。


「さて、ここで私のお話に繋がるのですが、このお店を任せて頂けませんか?」

「……は? なんなんだ今日は次から次へ……」

「とは言っても、もちろんこのお店は名前も含めてこのままで構いません。むしろこのまま継続させたいと考えています」


 苦々しい顔のまま全く話についてこれない親方に、エリオが追い打ちを掛ける。


「しかし……、そんな事して一体お前ぇに何の得があんだ?」

「それを考えるのも私の役目ですのでご心配には及びません。イッチー様(ゆかり)の場所として残したいというのが一番大きいですが、アンクーロで落ち着かれたらこちらにも楽器を卸して頂けると助かります」


 にわか仕込みの僕とは違い、プロの営業スマイルを浮かべるエリオに益々たじろぐ親方。


 これこそが昨日エリオが僕に言った『お願い』の内の一つ。

 今日この話を親方に通すのに協力して欲しいというのがまず一つ。


 そしてもう一つは、現在進行形で親方に向けられているのと同種のスマイルと共に、「それは明日のお楽しみです」という背筋も凍るセリフで締め括られたのであった。

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