第十七章 -Accoss the universe- 『エリオ』
「お帰りなさいませ。皆様、ご無事で何よりでございます」
親方に馬車を返し、5人揃ってのんびりと歩きながらようやく三毛猫亭へと辿り着いた僕らを待っていたのは、やはりと言うか優美な仕草で一礼するエリオだった。
「……えっと、ただいまです……。と言うかやっぱり僕らが戻ってる事、もう知ってたんですね……」
玄関前でずっと僕らを待っていたとは思えないし、港から親方の店に直行した僕らの行動が読める訳もない。
もはや知らない内にGPSでも搭載されてるんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。
ちなみに以前イルミドナの一件で位置探知に使われた金属カードは、三毛猫亭の部屋の鍵でもあるので当然旅の間は返却している。
「(ニャんでアタシ達が帰って来るって知ってるのニャ……)」
「(あの御仁からは、以前からただならぬ気配を感じるでござるよ……)」
「(ちょっと失礼ですよ……。エリオさんに聞こえます……)」
コソコソと囁き合う3人と、状況は全く分からないけどそんな3人の様子がおかしいのか嬉しそうに笑っているムース。
「初めまして、レムースラシアス様。私はこの三毛猫亭の主人をしているエリオ、と申します。残念ながら猫さんはおりませんが、よろしくお願いしますね」
まるで王様にかしずく家臣の様に片膝を突いたエリオは、そのままそっとムースの手を取るとその甲に軽く唇を当てた。
そんな仕草も一切嫌味を感じさせずやたらと様になっている。と言うかエリオにとってはごく自然な行為なのかもしれない。
しかもそうする事で、自然と目線をムースの高さに合わせているところなどは、さすがは接客のプロだけあって子供の扱いにも慣れているのだろう。
それでもムースにとってはやはり刺激が強すぎたのか、驚いた顔でキョロキョロと僕らの顔を見回している。
「ほら、ムースちゃん。エリオさんに自己紹介出来る?」
ティアレはそんなムースの傍にしゃがみ込むと、背中に手を回し助け舟を出す。
暫くは戸惑っていたムースだったが、エリオも決して急かそうとはせず、ただ黙ったまま柔らかい笑顔を浮かべていた。
「……あの、初めましてエリオさん。ムースはムースなの……」
「おやおや、ムースさんと仰るんですね。それでは私も、これからはムース様と呼ばせて頂いても宜しいですか?」
「うん! お兄ちゃんがムースって付けてくれたの!」
「ははは、そうでしたか。それは素敵なお名前ですね」
ムースも人見知りという訳ではないし、エリオの人柄もあるのだろう。
2人は一瞬で打ち解けた様だった。
「ティアレーシャ様も、スズ様も、セツカ様もお帰りないませ。ご無沙汰しております」
「はい、ただいま戻りました。エリオさんもお元気そうで」
「色々あって戻って来たのニャ~。これからもよろしくなのニャ」
「その節は本当に世話になったでござる。改めてあの時の礼を言わせてもらうでござるよ」
そう言えばあの時は、結果的に面倒な事後処理を全てエリオに任せる形になってしまったのだ。
今度僕からも改めてお礼を言っておいた方がいいだろう。
全員の挨拶が済んだところで、エリオに話さなければいけない事があったのを思い出した。
「あっ、そうだ。今回部屋の人数なんですけど――」
「はい、ご安心下さい。今回は皆様の為に大部屋をご用意させて頂きました」
「……はい?」
さも当然の事の様に一礼するエリオに、僕は間抜けな返事を返す事しか出来ない。
(いやいやいや……、スズとセツカはそもそもここにいる予定じゃないし、ムースに至っては同行を決めたのはモルド島なんだけど……)
「さ、さすが耳が早い……」
「ええ、これも仕事の内、でございますから。何でしたら、モルド島で随分と素敵な演奏会をされたという事も存じておりますよ」
「……は、はは……」
(もしかして僕らは常に監視でもされてるんだろうか……)
要するにこれは、『早くうちでもやってくれ』という無言のプレッシャーだろう。
それに関しては何も異論は無いが、実は僕には一つ考えている事があった。
「その事なんですけど、ちょっと相談したい事があって」
「おやおや、イッチー様の方からご相談とは、それはまた興味深いですね……。でしたらお食事のご用意が出来てますので、お部屋の方で寛がれてからいつでもいらして下さい。すぐにでもお召し上り頂ける様に手配してありますので」
「あ、ありがとうございます……」
最早気が回るを通り越して、用意周到とすら言ってもいい手回しの良さに若干引き気味の僕ら4人。
もちろんムースだけは知ってか知らずか、「ごはんなの、ごはんなの」と無邪気にはしゃいでいる。
「それではまずはお部屋の方へご案内致しましょう。今までご利用頂いていた部屋とは場所も違っておりますので」
「ありがとうございます。そう言えば親方のお店と何かやってるんですか?」
部屋へと向かう途中、もう一つ気になっていた事を尋ねてみる。
『何かやっている』とニュアンスを濁したのは、もちろんあえてだ。
「いいえ、特別何かしているという訳でもないのですが。この宿もそうですが、こちらに宿泊されるお客様方に『あのお店はイッチー様行きつけのお店だ』という風に宣伝させて頂いてるんですよ」
「あ~……」
(なるほど、親方が言っていたのはそういう意味だったのか)
大方あの店に行けば僕らに会えるかもとか、何かうまい事を言っていた可能性は高い。
それでも親方も言っていた通り、一応それでお客さんが増えているならそれに越した事はないだろう。
少しでもお店が潤って親方への恩返しになるのなら、僕としても願ったり叶ったりだ。
「ですがここ最近では、親方様が完成させたというギターをお目当てに集まってる方々も多いとは思いますが」
「ここに来る前に見せてもらってきました。あれならすぐにでも商品化出来ると思いますよ」
「それは素晴らしい。イッチー様のお墨付きなら間違いないでしょうからね」
何かを嗅ぎ付けたのか、エリオの顔が一瞬にして商売人のそれに変わる。
実際この世界での音楽事情を振り返ってみれば、新しい楽器の開発なんてまさに金の生る木そのものなのかもしれない。
もっとも僕はもちろん、親方もそっち方面に明るいとは思えないので、こういった事はエリオに任せるのが一番だろう。
「さて着きました。こちらが皆様のお部屋になります」
そうこうしている内に目的の部屋に到着したらしい。
階は以前よりも下になるが、方角からして今回も海側に面した部屋を用意してくれたのが分かる。
確かに廊下に並ぶ扉の数を見ただけで、以前とは比べ物にならないぐらい一つ一つの間隔が広い。
つまりはそれだけ一部屋毎、もしくは扉一つに割り当てられた空間が大きいという事だろう。
ドアを開けるとそこはまず玄関ホールの様になっていて、宿屋で一体何に使うのか意味不明なセンスの良い家具や調度品が丁寧に配置されていた。
なんで玄関に長ソファが置かれているのかは謎だが、とりあえず今はスルーしておく。
そのままホール先にある扉を開けると、今度は前の部屋が丸々収まってしまう程の広大なリビングになっていた。
「うおっ……、本当に広い……」
「凄い……、前のお部屋とは違った意味で豪華ですね」
扉の正面、リビングを抜けた先は広々としたバルコニーになっていて、開けた視界いっぱいに照り返される水平線が見渡せる。
リビングから続く扉は全部で6個程あり、恐らくその扉の先には更に別の部屋があるんだろう。
「お部屋は全部で4部屋ございますので、ご自由にお使いくださいませ。一番手前の扉がキッチン、反対側の手前の扉が浴室になっております」
(なんで宿屋にキッチンが付いてるのかは深く考えないでおこう……)
「凄い、凄いのニャ! お風呂がメチャクチャでっかいのニャ!」
「本当に宿屋の一室とは思えない、見事な浴室でござるな」
「お兄ちゃん、海なの~! 海がすっごい綺麗なの~!」
ムースに手を引かれながらバルコニーへと出ると、僅かに潮の香りを含んだ心地良い風がムースの海色の髪を弄んだ。
やたらとはしゃぎまくっている皆に苦笑いを浮かべながらも、ここ最近の地面の上か揺れている場所でしか寝ていない自分の生活を振り返る。
正直豪華な部屋じゃなくても、揺れないベッドの上で眠れるだけでも有り難い自分がいる。
「それでは私はこれで失礼致します。お好きな時に降りて来て頂ければ、いつでもお食事はご用意出来ますので」
それまで見事に空気と化していたエリオが、一礼と共に部屋を後にしようとする。
「あっ、ティアレ、どうせなら皆でお風呂に入ってくれば? 僕はちょっとエリオさんと話したい事があるから」
「……そうですね。はい、分かりました。ムースちゃん、またお姉ちゃん達と一緒にお風呂に入ろっか?」
「入るの~、皆一緒なの!」
軽く目配せしただけでティアレはすぐに理解してくれたみたいだ。
具体的な内容は分からないまでも、スズとセツカの2人もこういった察しはやたらと良い。
怪訝そうだったのは一瞬だけで、すぐにムースを連れて賑やかに浴室へと向かう。
そして最後のスズが扉を閉める直前、振り向きざまに悪戯っぽい顔でこう言った。
「イッチーは一緒に入らなくていいのかニャ?」
「はいはい、また今度ね。僕は直接行ってるから、後で食堂で落ち合おう」
「ニャハハハハ、了解~なのニャ」
すぐに姦しい声が響き始めた浴室から、未だ律儀に玄関ホールから部屋に入ろうとしないエリオへと向き直る。
「それでは……、私も少々書類仕事が残っておりますので、イッチー様さえ良ければ事務所の方でも構いませんか?」
「2人きりになれるならどこでも構いませんよ」
「……なるほど、かしこまりました。それでは参りましょうか」
それだけで大体の事情を察したのか、一瞬だけ表情を引き締めた様に見えたのも束の間。
すぐにいつも通りの笑顔に戻ったエリオの後に続いて、僕らは静かに部屋を後にしたのだった。





