第十七章 -Accoss the universe- 異世界のギター
「親方が、作った……?」
「ああ、そのまんま言葉通りの意味だぜ。前に楽器収集が趣味の、変わった吟遊詩人の話をした事があったろ」
「……え~っと……、ルドマスさん、でしたっけ?」
確か初めて偶然この店に来た時に、親方から聞いた昔話に出て来た仲の良かった吟遊詩人だったはずだ。
そう言えば、楽器集めが高じて演奏までする様になったとかそんな話だったはずだ。
「ああ、そうだ。奴がこのクラヴィコード? を持っててな。ソイツを暫く借りて、見様見真似で作ったコピーがコイツだ。ちょっとした悪戯心でサインを入れたが、まさかもう一度コイツにお目にかかるとは思わんかったな」
親方は見様見真似と軽く言っているが、実際このクラヴィコードの完成度は、向こうの世界で見たどれよりも遥かに高い次元にある。
つまりはその当時から、親方の技術はそれ程のレベルにあったという事だろう。
「それにしても、どっから見っけてきたんだ?」
「……実は、ムースの両親が残していった物らしいんです。ここに帰って来る途中に、ムースが暮らしてたっていう家に立ち寄って、そこで」
「……残していったって、まさか悪い意味の方の遺していった、じゃねぇだろうな……」
親方はあからさまに一瞬だけ不機嫌そうに顔をしかめた。
「いや……、それが良く分からない、と言うより、詳しい事は何も分からないんですよ。分かってるのは、ムースは長い間ひとりぼっちで両親の帰りを待ち続けてたって事ぐらいで……」
「長い間、か……。あまり胸糞のいい話じゃねぇな……。セイレーンは確か成長してもほとんど外見が変わらねぇんだったか」
「はい、僕もそう聞きました。正直これも断言は出来ないんですけど、初めてムースと会った時の様子から見て、数週間や数ヶ月って事はないだろうし、さすがに10年20年って事もないと思います」
いくらセイレーンの見た目があまり変化しないとは言っても、あの時のムースが着ていたボロボロの服や部屋の荒れ方からして、恐らく数年じゃないだろうか。
それでもあんな寂しい空間で、何年もたった一人で両親の帰りを信じて待っていた事を思うと、やっぱりやるせない気持ちは沸き起こる。
ムースの実年齢的に子供なのかどうかはともかくとしても、子供っぽいのは間違い無く他人との関わりが一切無いまま過ごしてきた事で、精神的な成長が促されなかったのが原因だと思う。
「むしろ親方の方で何か手掛かりとはないんですか?」
「う~ん……。そもそも中央北東のどこぞの領主、って事ぐらいしか聞かされてなかったからな……。買い付けに来たのも、当然本人じゃなくて使用人だったしな。仮にムースの血縁だとしても、年数的に考えたら両親じゃなくて爺さんか婆さんってとこじゃねぇか?」
親方がここルベルスの街で楽器店を始めたのが10年前って話だったから、それよりも更に前となると、確かにムースの精神年齢+αで考えても辻褄が合わなくなる。
いや、それ以前に親方の言う通り、親方からクラヴィコードを買った人物とムースの関係者が直接イコールであるとは限らないのだ。
「まぁ俺の方でも一応調べてはみるがよ、むしろその手の事ならもっと適任がいるんじゃねぇか?」
「……。……ああ! エリオさん!」
「そういうこった。アイツなら貴族にも顔が利くだろうしな。どうせこの後行くんだろ?」
「はい、それじゃあそっちはエリオさんに頼んでみます」
果たして結果がどう出るのか、その結果が本当にムースにとって良い知らせになるのかどうか不安はある。
このまま何も分からないままでいる方が、もしかしたらムースは幸せなのかもしれないとも思ってしまう。
けれどもし生きているのなら何としてでも会わせてあげたいし、仮に既に他界しているとしてもせめてムースを捨てた訳じゃないんだと思いたい。
(結局これも単なる僕の自己満足か……)
「おいおい、あんちゃん。今はいいがよ、女の前でそんなしけたツラ見せちゃ駄目だぜ?」
そんな沈みかけた気持ちを察知したのか、親方はそう言って笑いながら勢い良く僕の背中に一発平手をお見舞いする。
ジンジンと痺れる背中も、今の僕には有難い喝入れだった。
「それで? コイツはどっか壊れてんのか?」
「あ、いや、ムースがずっと弾き続けてたのが幸いして、どこにも不具合は見当たりませんでした」
「ん? それじゃあ俺に何を頼みたいんだ?」
「一応メンテナンスを兼ねて調整をお願いしたいんです。後は弦の全張り替えですね」
「あ~、そうか……、弦か。まぁ俺が作ったもんだからどっちもすぐに出来るがな……」
なぜか親方はそこで言葉を止め、意味有り気に口角を釣り上げニヤリと笑った。
「丁度良いタイミングって訳じゃねぇがな、実は俺の方もあんちゃんに見てもらいてぇもんがあるんだ」
「僕に?」
「おう、とにかく一度店に戻ろうぜ。あんまり待たせちゃ嫁達が心配すっからな、ガッハッハッハ!」
すっかりいつもの調子に戻った親方に釣られて、僕も思わず苦笑が漏れる。
大雑把に見えて他人の機微に聡い。乱暴に見えて心優しい。
そんな親方を見ていると、『ああ、戻って来たんだな』という実感が徐々に胸に広がっていくのだった。
「随分長かったですね」
「二人で何を内緒話してたのニャ~?」
「怪しいでござるな……」
「お兄ちゃん遅いのー」
「そりゃまぁ、久しぶりに男二人、積もる話もあるってもんさ。なぁあんちゃん?」
工房に戻ると、さっそく探りを入れてきた皆を適当に躱し親指を立てる親方。
「ははは……」
「きっと何かいやらしい相談をしてたんでしゅ……」
(おいコラ、ポンコツドワーフ……)
「さて、コイツだ」
工房の奥から結構な大きさの木製ケースを取って来ると、親方はそれをそっと作業台の上に横たえた。
「なんですか?」
「まぁ開けてみりゃ分かるぜ」
そう言って自信満々に不敵な笑みを浮かべる親方。
「えっと……、それじゃあ失礼して」
留め金を外し、ケースの上蓋を静かに開けると……
果たしてそこにあったのは――
「ギターだ……」
「えっ、これもギターなんですか? イッチーさんのとは随分見た感じが違いますけど」
僕のギターしか見た事がないティアレが驚くのも無理はない。
ケースに収められていたのは、むしろスタンダードなアコースティックギター。
どちらかと言えば独特、どころかオンリーワンなスーパーアダマスの方がよっぽど特殊と言えば特殊なのだ。
確かに出発前に何度か親方の相談に乗って、図面を書いたりスーパーアダマスの寸法を測ったりはしていた。
けれどまさかこんなに早く出来るとは思ってなかった。
「……弾いてみても……?」
「ったりめぇだろ! あんちゃんにテストしてもらうのを待ってたんだからよ」
「実はまだ完成したばっかりなんでしゅ。でもどこから噂を聞きつけてきたのか、最近お店に集まって来る人達が売ってくれ売ってくれって煩いんでしゅ……」
(それでお店があんなに賑わってたのか)
「まぁそれだけじゃねぇがな。エリオの奴が、ここがあんちゃん御用達の店だって宿の客に広めてるらしくてな。客が増えるのはいいが、あんちゃんに合格出してもらわねぇ内に売る訳にゃいかねぇだろうよ」
「そうだったんですね……、それじゃあ」
背中のケースを降ろしスツールに腰掛けると、さっそく親方のギターを手に取る。
木材からして違うのか、やや濃い目のブラウンのボディーはアコースティックギターの割にはずしりと重い。
軽くボディーを叩くとこれも材質のせいなのか、コーンという澄んだ高めの反響音が響く。
ネックに手を回すと採寸したのがスーパーアダマスだからなのか、独特の形状がしっくりと馴染み驚く程握りやすい。
次に縦向きにしてボディー側からフィンガーボードを確認すると、歪みも捻じれも一切無い均一な弦高が親方の腕を証明している。
せっかくなのでピックではなくそのままフィンガーで弦を弾く。
しっかりと粒の立ったあまり癖のない伸びやかな音は、スーパーアダマスよりはマーティンの音に近いかもしれない。
ペグはさすがに内部構造とまではいかないが、クラシックギター式にきちんと歯車で締められる造りになっている。
ペグ以外の造りに関してはほぼ全て親方自身がリュート作りなどの経験で培ったものだけに、既に完璧と言っていい領域に達していると言っていい。
チューニングを終えいくつかコードを鳴らしてから、久しぶりにスリーフィンガーの曲を奏でてみる。
思った通り一音一音がハッキリとしたこのギターには、ストロークよりもフィンガーの方が相性が良い。
分かっていた事とは言え、ゼロから作ったにも関わらず実際にこれだけの完成度を目の当たりにすると、改めて親方の技術の高さを再認識させられる。
「……どうだ、あんちゃん?」
僕に弾かせるまでは自信に溢れていた表情も、今だけは珍しく少し不安に見える。
「……正直、文句の付け所が無いですね……。今すぐ売ったとしても何も問題は無いと思います」
「よっしゃあ! つまりはあんちゃんのお墨付きってこったな」
「はい、もちろんです。と言うか金属弦も完成してたんですね」
「ああ、実はそっちは同時進行で一週間も掛からんかった。金属は元々俺の得意分野だからな、ガッハッハ!」
一瞬にして不安が吹き飛んだのか、はたまた元より不安なんて無かったのか、僕の評価を聞いた親方はいつも通り豪快な笑い声を工房に轟かせる。
「それでさっきの話の戻るんだがな」
「さっきの話?」
「おいおい、あのクラヴィコードの件だよ。どうせなら調整ついでにちーっとばかし改良も加えて、いっそ金属弦に張り替えてみようかと思ってな」
「おお! それはいいですね!」
音質は変わってしまうが、後々の事も考えれば絶対に金属弦の方がメンテナンスは楽になる。
それに作った本人がこう言ってくれているのだ。
これ以上に安心して任せられる人間が他にいる訳もない。
「ちなみにどれぐらい掛かりそうですか?」
「んー……、ぶっちゃけた話、調整入れても二日も掛からねぇだろうなぁ」
「そんなにすぐですか!? それじゃあ……、実はもう1個別に頼みたい事もあるんで、明日もう一度顔出してもいいですか?」
「おっ、いいねぇ。あんちゃんが俺に頼み事ってこたぁ、そりゃあもう新しい楽器だよなぁ? いいぜ、それならドンドン持って来てくれて大歓迎だぜ」
そう言って破顔する親方は、迷惑どころか言葉通り心底嬉しそうに見える。
「それじゃあ、そろそろ三毛猫亭に戻りましょうか?」
「三毛猫亭なの? 三毛猫さんがイッパイいるの?」
「いや、三毛猫さんはいないんだけどね……」
「アタシやセツカやムースまで増えてて、きっとエリオもビックリするのニャ」
「いえ……、あの御仁なら、既にそれぐらい把握してそうでござるが……」
「明日は皆でお買い物に行くでしゅ! 約束したでしゅ!」
ようやく要件が全て片付いた事で気が抜けたのか、急に工房が騒がしくなる。
一人だけ何か全く無関係な事を口走ってる気もするが、まぁ皆でそう決めたのならそれもいいだろう。
明日は僕が一人で来ればいいだけだし、店を開けている暇もないかもしれない。
それに女の子達だけで、色々と見て回りたい場所も積もる話もある事だろう。
(……ん? 皆……? 女の子達? 僕に、親方……)
ふと気になって工房をぐるりと見回す。
僕、ティアレ、スズ、セツカ、ムース、それに親方とミンク、間違い無く全員いる……。
「あれ? ミンク、店は?」
そう、全員が今この工房にいるなら、じゃあ一体誰が店の方を見ているのかという当然の疑問だ。
「それなら心配無用でしゅ。イッチー達だって気付いたお客さんが騒ぎ出したから、もう全員追い出してお店はとっくに閉めたでしゅ」
さも当然の如くドヤ顔で薄っぺらい胸を張るミンク。
「……はい?」
「て、てっ、てて」
僕の間の抜けた声に続いて、親方が声にならない呟きを漏らしながらわなわなと肩を震わせている。
「て? てて? お手手がどうかしたんでしゅか、親方?」
「てっめぇえええええええ、ミンク! なぁあああに勝手な事してんだゴルァアアアアア!!!」
「はわわわわわ、ヤッバイでしゅ! 親方マジギレでしゅ! 皆何とかするでしゅ!」
間髪入れずに脱兎の如く逃げ出したミンクをすぐに親方が追い掛ける。
そんな騒がしい光景を眺めながらも、僕の胸の内はやっぱり『ああ、帰って来たんだなぁ』という暖かい気持ちで満たされていくのだった。





