第十七章 -Accoss the universe- クラヴィコード
「あれ? なんかやけにお店混んでない?」
「本当ですね……、珍しいって言ったら失礼ですけど……」
左手のティアレが不思議そうに首を傾げる。
「ニャハハ、アタシこのお店に他のお客がいるの見た事ないのニャ~」
右腕のスズがカラカラと愉しげに笑う。
「お兄ちゃん、ここ何のお店なの?」
頭のムースが上から回り込む様に覗き込んでくる。
「ふむ……、何か特別な催しでもあるのでござるか?」
背中のセツカが肩車で無理な体勢を取るムースを支える。
(面倒なのでもう何も言うまい……)
チリンチリンと随分久しぶりに感じるドアベルを鳴らして扉を潜ると、外から見た通り店内には結構な数のお客さんで賑わっていた。
中央大陸はルベルス唯一の楽器店、『トッド・ムーシカ』。
そう、当初の目的すら霞んでしまう程の長い南の大陸への遠征を終え、ようやく僕らはルベルスの街へと帰って来たのだった。
なんだか実際の滞在期間よりも遥かに長く感じる濃密な旅だったが、不思議とこのルベルスの街には帰って来たという実感がある。
過ごした時間もあるのかもしれないが、何よりここには僕らを待っていてくれる人達がいる、というのが大きいのかもしれない。
ルベルス港に着いたその足で、こうしてここを訪れているのにも理由がある。
結局ずっと借りっぱなしになってしまった馬車を返さなければいけないというのがまず一つ。
そしてそれ以上に、今回の旅で色々と親方に相談したい事が増えた僕としては、三毛猫亭よりもまずはトッド・ムーシカに立ち寄りたいという気持ちが強かった。
まぁどうせエリオの情報網なら、僕らが帰って来た事ぐらいはすぐに掴むだろう。
「こんちは~」
「はわわわわわ、お、お、親方~! イ、イッチーが遂に子供を連れて来たでしゅ!」
「はあああああああ!? んなわけあるか、アホ! 鶏じゃあるめぇし、そんなにポンポン生まれてたまるかっ!」
店の奥の工房からは、懐かしいがなり声が響いてくる。
(って言うか、そんなの言われるまでもなく、ちょっと考えれば分かるだろミンク……)
「はわわわわ……、そ、それじゃあ、多分もっと大変でしゅ! イッチーが幼女趣味でしゅ! こ、こ、これは確実に次のハーレム入りは私の番でしゅ!」
「おめーは見た目がチンチクリンなだけで、とっくに成人してんだろうがっ!」
店内の人々からの冷たい視線が、一斉に僕に向けて突き刺さる。
(……このポンコツドワーフは……、絶対いつか一発殴ってやろう……)
「お久しぶりです、親方」
「……」
工房から出て来た親方は、僕を一目見るなり無言で呆れた表情を浮かべた。
「……なぁ、あんちゃんよ……。確かに英雄色を好む、とは言うがよ……。そんな小せぇ子まで見境無しってのは、さすがにどうかと思うぜ?」
何か以前にも、全く同じ様なやりとりをした記憶があるのは気のせいだろうか。
「勘弁して下さいよ……」
「ガッハッハッハ! まぁ冗談はさて置きだ……。おかえりだぜ、あんちゃん」
「ありがとうございます。ただいまです親方」
差し出されたいかにも職人らしい無骨な手を取ると、旅立ちの時以来になる固い握手を交わす。
旅も嫌いではないし慣れたものではあるけど、やっぱりこうして『おかえり』を言ってくれる人がいて、『ただいま』を伝えられる場所があるというのは本当に掛け替えのないものだ。
「それで……、なんで姫さんと兎の姉ちゃんが一緒にいるんだ? そもそも姫さんを送り届けに行く為の旅だったんじゃなかったか?」
「あ~……、それはまぁ……話すと色々長いんですけど……」
「アタシ達も、イッチーと一緒に旅をする事になったのニャ」
これ以上ない程簡潔にスズが説明を終える。
過程や理由なんて全部お構いなしなところはさすがスズと言うべきか。(褒めてないけど)
「はあ……、ま、まぁそっちは追々聞くとして、そのちっこい嬢ちゃんは新入りかい?」
決して人見知りする様なタイプではないとは言え、さすがに親方の見た目はちょっと怖かったのか、首越しにムースが身を竦めるのが分かった。
「よいしょ……。ほら、自己紹介出来る?」
しゃがみ込んでムースを降ろすと、そっと背中を押して親方の前へと促す。
「……あの……、初めまして、レムースラシアス……、ムースなの……」
おずおずと、それでもきちんとお辞儀をしてから、真っ直ぐに親方の目を見てそう伝えたムース。
するとそれを見た親方は、途端にまるで好々爺の如く顔を崩しムースを抱き上げた。
「そうか~、ムースかぁ。俺ぁトッドだ、皆は親方って呼ぶけどな。そんであっちのチンチクリンがミンクだ。よろしくなムース」
「チ、チンチクリンって変な紹介しないで欲しいでしゅ! 初めましてムースちゃん、ミンクでしゅ」
こう言っては失礼だけど、見た目に似合わず親方は随分と子供慣れしていると言うか、対応に一切澱みや躊躇が無い。
僕も経験があるので分かるが、子供が苦手だったり不慣れだったりすると、扱いにもっと腰が引けてしまうのが普通だ。
しかしよくよく考えてみれば、親方はミンクの育ての親に当たる訳だから、慣れているのも当然と言えば当然だった。
やはりそういった事に聡いムースは一瞬で打ち解けたのか、既に3人で何やらキャッキャとじゃれあっている。
(しかしこう傍目に見てると、どう考えても子供が2人だな……)
そんな僕の心の声を察知したのかただの偶然か、ミンクがキッと僕を睨む。
「そ、それにしても、随分とお店賑わってるんですね」
「あ~……、まぁそれも追々話すが、原因は主にエリオの奴だ……。そういやエリオんとこにはもう顔出したのか?」
原因という言葉と親方の微妙そうな表情。
そしてそこに加わるのがエリオという事は、間違いなく商売が絡んでいるんだろう。
しかし今はその追求よりも、僕がなぜ先にここに来たのかを思い出した。
「あっ、それなんですけど、実は港から真っ直ぐここに来たんですよ。っていうのも理由があって、裏に馬車停めてあるんで一緒に来てもらってもいいですか?」
「ん? そりゃあ別に構わねぇが」
親方は降ろしたムースをミンクに任せると、僕の後に連れ立って裏口へと向かった。
どうせそれ程時間の掛かる要件ではないので、とりあえず皆にもこのまま店に残ってもらう事にした。
裏口を出てすぐの所に停めてある馬車の幌を跳ね上げると、そのまま2人で荷台へと上がる。
丁寧に梱包された布をめくると、箱の表面に施された美しい細工が、陽の光を受けて艶やかなその姿を晒す。
「これ、なんですけど」
「……こいつぁ……」
そしてクラヴィコードを見た親方は、半ば呻く様にその一言だけを漏らすとそのまま絶句した。
瞬きもせずにじっとクラヴィコードを凝視するその様は、どう見ても普通じゃない。
「この……クラヴィコードが、どうかしたんですか?」
まるで親方は、その質問を聞くまで僕の存在すら忘れていたかの如く我に返った。
「……クラヴィコード? ああ……、そういやコイツの正式名称すら知らなかったな……」
そう言ってどこか昔を懐かしむ様に、優しく箱の表面を撫でると苦笑いを浮かべている。
「あ、いや……、クラヴィコードじゃないんですか?」
「いいや、正直俺も知らねぇんだ。鍵楽台とか盤楽器なんて呼ばれてたな。もっともそもそも大して数もねぇだろうから、果たして知ってる奴がいるのかどうかも怪しいがな」
失言かと思ったが、親方の様子からはそんな事を気にする余裕すらなく、心ここにあらずといった感じだった。
事情は全く分からないが、少なくとも親方はクラヴィコードを知っているのは間違いなさそうだ。
そのまま慣れた手つきで蓋を上げると、盤面ではなく、表からは決して見えない蓋の内側を覗き込んでいる。
「やっぱりな……」
さほど時間を掛けずに顔を上げた親方は、さっきまでの上の空とは違い今度はハッキリとそう口にした。
「? やっぱりって、どういう意味ですか?」
状況も親方の行動も全く理解出来ない僕に、親方はさっきまで覗き込んでいた蓋の内側の側面部分を指先で軽くコンコンと叩いた。
「ここ、見てみな」
訝しく思いながらも、とりあえず言われた通り内側を見る為に腰を落とし首を捻じ曲げる。
「……何か彫ってある……? これは……、サイン、ですか……?」
試しに指でなぞってみると、言われなければまず気付かない微細な傷のレベルで、確かに彫刻刀で彫った様な跡がある。
それが分かったところで、誰のサインなのかも、なぜそれを親方が知っているのかも相変わらず謎のままだった。
「……どういう事ですか?」
「……それはな、俺の、サインなんだ」
「……はい?」
あまりの想定外の言葉に思わず思考が停止する。
そんな僕に対して続けて親方が口にした言葉は、なぜ彼がこのサインの存在を知っていたのかを説明するには十二分に過ぎた。
「これはな……、まだ駆け出しだった頃に、俺が作ったもんなんだ……」





