小休憩
清らかな水が流れる川辺でディゼルに水を飲ませて、休憩をする。
ラティアはいそいそと木陰に大判の布を引いて、アレクシスに座るように促した。
「ファリナさんがお弁当を持たせてくれたのです。私もお手伝いをしました。旦那様は魔力の維持のために食事を多くとる必要があるとお聞きしましたから、しっかり召しあがってくださいね」
「お前が、料理を?」
「は、はい。それは私の仕事ではないと、言われるかもしれませんが……」
「いや、構わん。お前がそうしたいなら、するといい。だが、お前は己を卑下する必要はない。私の傍で堂々としていればいいと言いたかった。それだけだ」
「はい、ありがとうございます」
荷物の中からスカーフに包まれた木箱を取り出す。バゲットに玉ねぎの酢漬けや生ハム、ブラックオリーブを挟んだものがずらりと並んでいる。
アレクシスは特に文句も言わずに敷布の上に座り、ラティアからそれを受け取った。
そして、傍に控えているラティアの腕を掴み、自分の隣に座らせた。
取り出したバゲットを、ラティアの口に突っ込む。
「ふ、ぐ……っ」
「お前は、何日経とうが慣れないな。見ているだけではなく、お前も食え」
「……は、はい」
「遠慮をするな。私がそれを許している。お前は使用人ではない。私の専属侍女ではあるが、私にとってはお前は客人であり、私に欠かせない者、そして守るべきものだ」
「……ありがとうございます」
『よかったね、ラティア。彼は信用できる』
荷物の中に入っていたルクエは、ディゼルの隣で彼が水を飲む姿を興味深そうに眺めていた。
それからぱたぱたと背中の翼を羽ばたかせてラティアの元に飛んでくると言った。
ラティアはルクエを抱いて、膝の上に乗せる。
アレクシスはルクエの額を撫でた。ルクエは尻尾を振っている。犬扱いはするなと言うが、撫でられるのは好きなようだ。
「そうですね、ルクエ。……ルクエが、あなたは信用できると言っています。もちろん私にとって大切な旦那様ですから、信用しています。私は、ずっと」
アレクシスはルクエを撫でていた手を止めて、それから誘われるようにラティアの頬に触れる。
頬に触れる皮手袋と、そして布一枚隔てた先にある彼の硬い指先の感触に、ラティアの顔がどういうわけか一気に赤く染まった。
「旦那様、お疲れですか? 癒やしが、必要でしょうか」
「そういうわけではない。……この手が届くところに、リーニエの巫女と神獣がいることが、不思議でな。誰かを傍に置くなど、考えたこともなかった。私はお前に信じてもらえるほどに、よい人間ではない」
「そんなことはありません」
「ならば、そういうことにしておこう」
アレクシスは、口元を緩めてふと笑った。
ラティアは大きく目を見開いた。アレクシスが笑っている顔を、初めて見た気がする。
清涼な風が二人の間を走り抜ける。ラティアの靡く髪をアレクシスが撫でる。
それから彼は何事もなかったようにラティアから手を離すと、バゲットを食べた。
ラティアは胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。
こんなに優しく、誰かに触れてもらったのは、はじめてだった。




