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鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~  作者: 束原ミヤコ


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ふたたびの触癒



 倒れるほどに不調ではないが、魔力も触媒にした血液も失われている。

 アレクシスの場合は魔力と血液が濃密に絡みついている。魔力の回復は血液を取り戻すことと同じ。

 彼に触れていると、それがわかる。

 これもラティアに与えられた力なのだろう。


「では、旦那様。動かないでいてくださいね、すぐに終わります」

「あぁ。……好きなようにしろ」

「はい、ありがとうございます」


 アレクシスは目を閉じる。一度目は彼の意識は朦朧としていた。

 その中で強引にラティアは彼を癒やした。

 だが今はきちんと意識がある。何をされるのかわからずに、不安に思っているのだろう。


「大丈夫です、旦那様。痛くはないと思います」

「わかっている」

「では、失礼します」


 ラティアはアレクシスの手を握る自分の手に、意識を向ける。

 力を使う際、特に詠唱は必要ない。ラティアの手のひらの内側が輝き、風もないのに髪がふわりと広がった。


 体に魔力が渦巻くのが感じる。不思議な高揚感がある。ラティアも目を伏せた。

 からのコップに水をそそぐように、アレクシスの体に魔力をそそいでいく。

 

 自分の中身を、彼にうつしていくように。

 僅かな脱力感があるが、それは一度目の時ほどではない。それだけラティアの体調が回復しているからでもあり、アレクシスの損なわれたものが少ないからでもあった。


 一度目の時、アレクシスは本当に限界まで力を使っていたのだろうなということが、よくわかる。

 まるで自らの命を燃やすように、生きている人だ。


 ラティアは彼の手から自分の手を離した。閉じていた瞼を開くと、目を閉じているとばかり思っていたアレクシスがラティアをじっと見つめていた。


「終わりました。旦那様、どうされました? 痛かったですか?」

「……いや。……これで終わりなのか?」

「はい」

「手に、触れただけ、だが」

「どこに触れるかは、失われた魔力の量で変わってきます。あの時は……旦那様は意識を失うほどに消耗していましたから、その、より深い接触が必要でした。ですので、その、ごめんなさい」

「責めているわけではない。気にするな。……これだけで、いいのか」

「はい。少しの治癒なら、肌の触れ合いで問題ありません。より消耗していた時は……もうしわけないのですが、もっと深い接触が必要になるかと思います」


 触れた体の部分によって、渡せる魔力の量が変わってくる。

 皮膚の触れ合いでは多少の回復が可能だ。アレクシスがもっと消耗していた場合は、体のもっと深い部分、粘膜の触れ合いが必要になってくる。だからあの時は口づけをした。

 アレクシスにはもうしわけないと思うが、必要なことだった。


「もっと深い、接触……」

「旦那様、治癒だと思って耐えていただけると嬉しく思います。お嫌かもしれませんが……」

「ラティア。お前は軽々しくそれを口にするが、お前はそれでいいのか?」

「私が? 何故でしょうか」

「……私に触れるのは、お前にとって苦痛ではないのか」

「私は恩返しをしたく思います。旦那様を癒やせることは、私にとって名誉なことです」


 意識してしまうと少し恥ずかしいが、苦痛などとは思わない。

 アレクシスは腕を組んで、深く溜息をついた。


「もう少し、自分を大切にしろ」

「旦那様、ありがとうございます。私を助けてくださったあなたが優しい方で、私は本当に恵まれています」


 ラティアは微笑む。アレクシスの心配や気づかいは、ラティアにとっては驚くほどの優しさだった。

 今まで、忘れていたものだ。伯爵家においては、ラティアには石ころほどの価値もなかった。

 アレクシスと共にいると、自分が人間で、年頃の女であったことを少しずつ思い出せるようだ。


「触癒は終わりました、体調はどうですか旦那様?」

「体が軽い。お前は、どうだ?」

「私は変わりありません。ですので、お仕事のお手伝いをさせてください。文字は、少しは読めます。雑用のお手伝いぐらいはできるかと思います」

「いい。もう寝ろ、ラティア」

「旦那様は私に好きなようにしていろとおっしゃいました。ですので、お手伝いがしたいのです」


 アレクシスはどこか諦めたように、軽く首を振った。

 それから「好きにしろ」とぽつりと言って、書類が積まれた執務机に向かう。

 ラティアは「夜のお仕事が捗るように、お茶をいれてきますね」と立ち上がり、いそいそと調理場に向かう。


 紅茶をいれて戻ってきたラティアは、アレクシスの執務机にそれを置いた。


「悪いな」

「いいえ。やっと、侍女らしいことができました」

「……お前は、そこにいればいい」

「はい。ここにいます。ここにいて、お手伝いをしますね」


 といってもラティアができることは少ない。確認済みの書類を、提出する相手ごとに取りまとめたり、必要のない書類をまとめて箱に入れてしまったり。

 手紙の封を手伝ったり、ペーパーナイフで封筒を切って渡したりするぐらいである。


 夜半過ぎ、ようやくある程度の書類が片付いた。

 ラティアはアレクシスに挨拶をすると、自室に戻る。

 今日は少し、彼の役に立てた。それがとても嬉しかった。



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