夜の治療
ジルバは一晩公爵家に泊まり、部下を連れて王都に向かうという。
国王陛下に蟄居を命じられている立場でそれはいけないことだが、身分を隠して宿に泊まりラティアたちからの連絡を待つそうである。
一目でいい、アリーチェに会いたい。謝罪をしたい。話をしたい。
彼女が困窮をしているのならば救いたいというのが、ジルバの望みだった。
アレクシスは溜まっている仕事を終わらせ部下たちの報告を聞き、諸々を終わらせてから王都に向かうために今すぐに、というわけではないとジルバに伝えた。
ジルバはいくらでも待つという。王都にいることが知られないようけして目立たないようにする、アリーチェに近づいたりしないということを約束した。
ジルバがヴァルドール家の使用人によって部屋に案内をされていくのを、ラティアは見送った。
「お前もさがっていい、ラティア。よく休め」
「……旦那様がお休みになるまで、傍にいるのが、旦那様の侍女の役目です」
「必要ない。お前の部屋を用意するよう、ファリナには伝えてある。今日からはそこで過ごせ」
食堂から出た廊下を、アレクシスはラティアに背を向けて歩いて行く。
ファリナが「こちらに」と案内してくれようとするのを、ラティアは「ごめんなさい、旦那様を追いかけます」と言って断った。
ファリナは驚きの表情を浮かべる。それから、優しく微笑み頷いた。
ラティアの姿がうつりこむほどによく磨かれた公爵家の廊下を、アレクシスの背を追ってラティアは小走りに進む。
足音に気づいたのが足を止めて振り向いたアレクシスに、そのままの勢いで突っ込んだ。
「わぷ……っ」
「……お前は、何をしている。走るな」
「も、もうしわけありません……旦那様は歩くのが早いので、追いつかないかと思って」
アレクシスとラティアでは背丈が違う。ちょうどアレクシスの胸のあたりに顔を打ち付けたラティアを、アレクシスは溜息交じりに抱きとめた。
そのままどうしてか手が背に回り、ぎゅっと、抱きしめられる。
「旦那様……?」
「……ちょうど、おさまりがいいと、感心していた」
「おさまり……旦那様は、おおきいですから」
「お前が、小さいだけだ。よく食え」
「これ以上、身長はのびないと思いますけれど……でも、心配してくださってありがとうございます。今日のお食事も夢のように美味しかったです」
「では、夢のような日々が終わらないようにしなければな。料理人たちにはお前が喜んでいたと伝えておこう」
「私が喜んでいたと伝えても、困ってしまうのではないでしょうか」
「何故?」
「私は、あなたに拾っていただいた居候のようなもので……」
「お前は私の命の恩人だ。侍女という名目で傍に置いていると理解しろ、ラティア」
アレクシスはラティアの腰に回した腕を離さなかった。
これはもしかしたら、体の貧相さを確認されているのかもしれない。
ラティアは彼の言うように痩せていて貧相だ。だが、アレクシスの元にいれば、きっとファリナのように女性らしい体つきになることができるだろう。
触癒の力には接触が必要だ。アレクシスとしても、貧相な女よりも女らしい女のほうがいいかもしれない。
「旦那様のために、もう少し柔らかい体つきになりますね。抱き心地がいいように」
「………………今のままで、十分だが、魔力を使えば体の力が損なわれる。あまりに細いと心配になる」
「はい。旦那様に心配されないよう、よく食べよく眠ります。ですが今の私は元気ですので、旦那様と共にいさせてください。おやすみになるまで、共にいます。ご迷惑でしょうか」
ラティアはアレクシスの胸に手を置いて引き寄せられた体を軽く離すと、熱心にアレクシスを見つめた。
夜の闇と、赤く燃える炎のような色合いの美しい男だが、胸板は硬く手もごつごつしている。
ラティアと比べると、アレクシスはあまりにも立派な体つきをしている。
大人と子供──というのは言い過ぎだが、彼の腕の中にすっぽり包まれていると、まるで外界から守られているような安心感がある。
同時に、少し恥ずかしかった。アレクシスは男性だ。抱きしめられるとどうしても照れてしまう。
意識しないようにと気をつけてはいるのだが。
「迷惑ではない。わかった。共に来い」
「はい!」
廊下の中央でラティアを抱きしめたまま会話をしていたアレクシスは、ラティアを抱きあげた。
使用人たちがそんなアレクシスとラティアの姿を遠巻きに見ていたが、アレクシスにじろりと睨まれると慌てたように頭をさげてさがっていく。
アレクシスは何も言わずに、ラティアを連れて廊下の先にある自室へと向かった。
アレクシスの私室には暖炉やテーブルセット、壁を埋め尽くす書架に収められた沢山の本、執務机やソファセットが置かれている。
前室の奥には寝室があり、そちらには天蓋のあるベッドが置かれていた。
部屋というよりは、大広間のように広い。ソファにラティアを降ろすと、アレクシスはその隣に座った。
「まだ寝ない、が。共にいるのならば、好きにしていろ。もし眠かったら、部屋に戻ってもいい」
「旦那様はまだ、お仕事がありますか?」
「不在にしていた二月の間に、報告書や手紙、提案書などが溜まっている。ある程度は家令が行うが、私の確認が必要なものもある」
「でしたら、先に癒やします。旦那様は魔法を使われました。血も魔力も損なわれているはずです」
「一度お前に癒やしてもらった。そのため体の調子は悪くはない。まだその必要はない」
立ちあがろうとするアレクシスの腕を、ラティアは掴む。
それは多分、不調に慣れてしまっているだけだ。アレクシスは限界を迎えるまで耐えるようなところがある人だと、ラティアは思う。
「必要です。そのために私は、あなた元にいるのです。魔法を使用されたあとは、私があなたを癒やします」
それがラティアの彼への恩返しだ。
アレクシスの手を包むようにして両手で握りしめると、彼は少し困ったように眉を寄せた。




