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鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~  作者: 束原ミヤコ


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ジルバ・マルドゥークの襲撃



 ディゼルの背に揺られながら、ラティアはアレクシスにぎゅっとしがみついていた。

 アレクシスは馬を走らせるようなことはしなかったが、それでも馬は徒歩よりはずっと速い。

 王都を大門を通り過ぎて、整備された石畳の上をヴァルドール家の行列が進んでいく。


 馬は十頭程度、馬車が二台。フィオーレ伯爵家が王都と領地を行き来するための行列のほうがずっと人数が多く、荷物も多く派手だった。

 左右に原野が広がる石畳の街道を、ラティアは今まで何度も行き来した。荷物を持ち、荷馬車を押して。

 空腹と口渇に耐えながら。年に一回、もしくは数回あるその道行は、ラティアにとっては苦痛でしかなかった。


 景色を見る余裕などもなかったが、今は青い空も草や花々が生き生きとはえている原野も森も、飛び跳ねる兎や街道の端でまどろむ猫の姿も輝いて見える。

 久々に──空が青いことに気づいた。

 草木の色も。街道を進む馬の子気味よい蹄鉄が石畳を踏む音も。


「旦那様、フィオーレ伯爵家では下働きたちは皆、歩いていました。荷物も、たくさんありました。ヴァルドール家は、少し違います」

「貴族たちが王都に向かうときに派手な行列を作るのは、権力を誇示するためだ。フィオーレ伯爵家というのはずいぶんと自己顕示欲が強いとみえる」

「そういうものですか?」

「あぁ。弱小貴族ほど抱えている使用人の人数や己の態度で自分が偉いということを表したがる。ただの移動に多くの人員を割くのは無駄だ。必要最低限でいい。護衛も、私がいれば必要がない」


 なるほど、と、ラティアは頷いた。

 フィオーレ伯爵家について、そんな風に考えたことはなかった。


「こうして、馬に乗せていただくのははじめてです。風が、気持ちがいいです」

「そうか。よかったな。怖くはないか?」

「はい。怖くないです。少しも、怖くない」


 アレクシスとは会ったばかりだ。けれど、まるで母と共にあった時のように彼の傍にいると安心することができた。

 風がラティアの頬を優しく撫でる。涼しさを感じる。同時にアレクシスの体温のあたたかさを強く感じた。

 彼の胸に頬をよせると鼓動の音が聞こえる。ラティアの鼓動の音とそれは混じり合う。硬い軍服の下の逞しい体の感触に高鳴る鼓動に気づかれないといい。

 気づかれてしまうのは少し、恥ずかしい。


 休憩と補給を小さな街で行い、夕暮れまで馬は街道を進んだ。

 大きめの街で馬を休ませ、宿に泊まる。朝になると再び馬に乗り、出立をした。

 そうして、二日。ヴァルドール公爵領にそろそろさしかかるといった場所。


 公爵領に行くためには、アイムール川を越える必要がある。そこにはアイムール大橋がかかっており、必ず通っていく必要があった。


 幅広の川にかかる石橋を渡り始める。渡り切った頃、眼前に騎兵の一軍が現れた。

 おおよそ三十騎といったところだろうか。騎兵の中心には、金の鎧を着た壮年の男がいる。


 金の鎧に赤い飾り。マントは黒い。壮年の将は深い皺が刻まれた顔をしている。

 その瞳は獲物を前にした肉食獣のように爛々と輝いていた。

 掲げられた旗には獅子の紋様が描かれている。


「待たれよ!」


 その将は、アレクシスに向かって朗々と声をあげる。

 アレクシスは馬足を止めた。片手で皆に指示を出す。ヴァルドール公爵家の行列がとまり、馬車の中から何事かとシュタルクが降りてくる。

 ルドガーや兵士たちがアレクシスの前に出ようとするのを、アレクシスは「動くな」と制した。


「ジルバ・マルドゥーク伯爵。何用だ」


 アレクシスが尋ねる。ラティアはシュタルクによって馬から降ろされて、ルドガーたちの後ろに連れていかれる。ただごとではない雰囲気に、ラティアは唇を引き結んだ。

 シュタルクが耳元で「マルドゥーク伯爵です。王命により、アレクシス様が討伐に向かった御仁です。命まではとらず、館で蟄居を命じていたはずですが」と教えてくれる。


 マルドゥークという名に聞き覚えがあり、ラティアは記憶を辿る。

 ラティアが思い出す前に、ジルバ・マルドゥークが手にしていた槍をアレクシスに向けた。


「此度の処遇、俺は納得をしていない! ヴァルドール公、貴公は俺とケンリッド侯と娘の問題を何一つ理解していないくせに、王命だからと俺を攻撃した。王もなにもわかっていない。俺は娘を失ったのだぞ!」


 それはどういうことなのだろうと、ラティアは首をかしげる。

 ともかくジルバは怒っている。その怒りは、アレクシスに向いていた。


「そんなことは知らん。王の許可を得ずに軍を動かしケンリッド侯を攻撃したお前に問題がある」

「あの男のせいで、娘も孫も姿を消したのだ! あの男に殺されたようなものだ。俺はケンリッド侯を信じて娘を送り出したのだぞ!」

「娘が孫を連れて貴殿の元に戻らなかったのは、貴殿に問題があるのでは」

「それは……」


 ジルバは口ごもる。思い当たる節があるような顔だった。

 だが何かを振り切るように顔をあげると、槍を持たない手に金の首飾りを掲げる。

 あれが彼の魔法を使うための触媒なのだろう。「落雷よ!」とジルバが口にすると、金の首飾りが砂のように崩れて消えて、その代わりに槍に雷が纏わりついた。



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