第68話 温泉ときーん!
「わんわん!」
「温泉の匂いだ!」
「わん!」
老婆の店を出て進むことしばらく。
漂ってきた温泉の匂いに興奮したフェルが小走りになった。
私たちもその後を追いかけて、通りを足早に抜けていく。
やがて長い下り坂の先に、白い砂浜と煙を上げる岩場が見えてきた。
おぉー、あれが温泉かぁ!
ドワーフの国で浸かった足湯と違って、こちらはとても開放的だ。
どこまでも続く青い海、貝殻で出来た白い砂浜、そして燦燦と輝く太陽。
まさに南国リゾートって感じの組み合わせだ。
おまけに温泉まであれば鬼に金棒、理想的だね!
「うわぁ~~! いいところだね!」
「さっそく、お風呂に入りに行きましょう!」
こうして私とイルーシャは、奥の岩場へと向かって歩き出した。
岩場の窪みにわき出したお湯が溜まっているようで、そこから湯気が上がっている。
自然の岩場をそのまま温泉にしているようだった。
特に衝立などはなく、岩場の奥の方に簡素な脱衣小屋だけが見える。
さらに男女混浴のようで、近づいてみるとやたらとおっさん比率が高い。
「何だか、ちょっとむさいね」
「言われてみれば……ごついおじさんが多いような」
見渡す限り、おっさんの群れ。
天然のひろーい湯船に、百人ほどのおっさんが集結している。
広いので密度は大したことないが、人数はなかなかすごいな。
しかも、おっさんたちの身体は見たところかなり鍛え上げられている。
スポーツの大会でもあって、その後に全員で汗を流しているのかな?
そんなことを思っていると、岩場の端の方に女性が集まっている一角を発見した。
「あそこいこっか」
「そうですね」
「わう!」
私たちは脱衣小屋へ向かうと、さっそく服を脱いでタオルを巻いた。
そして風呂桶を手にすると、女性たちの集まっていた一角へと向かう。
意外なことに、おじさんたちは特に私たちへと目を向けてくることはなかった。
……私はともかく、イルーシャの方は割と色っぽいと思うんだけどなぁ。
というより、そもそもみんな結構疲れているような感じだ。
やっぱり、何かスポーツでもやって汗を流した後なのかな?
よくよく見ると、怪我をしているような人も多い。
「じゃ、先に身体を洗うよー」
「あ、フェル! 逃げちゃダメです!」
石鹸を手にしたイルーシャを見て、フェルがささっと逃げを図った。
そう言えば、身体を現れるのがあんまり好きじゃないみたいなんだよね。
私はすかさずフェルに指先を向けると、ごく弱い電撃を放つ。
「わぅ!」
「逃げるからだよ。ほら、ちゃんと洗わないと臭くなっちゃうんだから」
「わんわんわん!」
「え、精霊獣だから臭くならないって?」
「わん!」
うんっと元気よく首を縦に振るフェル。
いやいや、昔のアイドルじゃないんだから。
精霊獣だって、実体を持っている以上は匂うからね?
ちゃんと綺麗にしておかないと、もふもふであるだけに悲惨だ。
もふもふであればあるほど、匂い始めると強烈だからね!
「大丈夫ですよー、洗うのは気持ちいいですからねー!」
「わうぅ……」
イルーシャに顎を撫でられながら、気持ちよさそうに目を細めるフェル。
既に全身、泡だらけのもっこもこだ。
犬というか、もう羊さんみたいな感じになってる。
「じゃあ、私はお先に……」
「ララート様もしっかり洗ってくださいよ!」
「洗ったよー」
「石鹸、使ってないじゃないですか!」
脇に置きっぱなしになっている石鹸を見て、即座に咎めてくるイルーシャ。
別にいいじゃん、ちゃんと身体は桶で流してるし。
私は足から湯船に入ると、イルーシャの方を見てぷくーっと口を尖らせる。
「流したんだからいいんだよー」
「もー! ララート様がそんなことだから、フェルが真似するんですよ!」
「固いこと言わないで。ほら、イルーシャもおいで」
水面を軽くパシパシと叩く。
すると、イルーシャはゆっくりと足先から湯船に入った。
そして肩までつかると、ふぅっと大きく息を吐く。
「気持ちいいですねえ……」
「やっぱ温泉だよねえ……」
はぁ……船旅の疲れが取れていく……。
決して不快だったわけではないけど、やっぱりエルフは陸の生き物。
ゆらゆらと揺れる船の上で、自然と疲れがたまってしまっていたらしい。
全身の筋肉がほぐれて、このままクラゲにでもなってしまいそうだ。
ゆらゆらゆらーっと、上半身をお湯に浮かせる。
「わうぅ……」
やがて入ってきたフェルもまた、顔を少し赤くしながら気持ちよさそうな息を漏らした。
いやぁ……実に平和でいいねえ……。
私は自分の肩をポンポンと叩きながら、温泉を満喫する。
温度が高めのお湯と涼やかな海風の対比が最高だ。
火照った頭を風が撫でて、何とも心地よい。
ふあぁ……このままだと寝ちゃいそうだなぁ。
そんなことを思っていると、ここで身体の前に大きな箱を下げた人が現れた。
やがて彼は岩場の中心で箱を置くと、パンパンと手を叩いて言う。
「ジェラート、ジェラートはいらないかー?」
お、これはいいタイミング!
私はすぐさま湯舟を出ると、マジックバッグを手に駆け出した。
「ララート様、走ると危ないですよ!」
「大丈夫だって。のわわっ!?」
「わん!」
滑って転びそうになったところで、フェルが私の身体を支えてくれた。
ふぅ、危ない危ない!
ちょっと冷や汗をかいたところで、イルーシャが追い付いてくる。
「もう、慌て過ぎなんですよ」
「そうだぞ、お嬢ちゃん。転んだら危ないだろう?」
「あはは……」
「ま、小さいうちは元気が一番だけどな!」
……私、見た目は小さいけど中身は数百歳なんだよね。
おじさんに何だか申し訳ない気分になりつつも、マジックバッグの中からお財布を取り出す。
「おじさん、ジェラートちょうだい。イルーシャも食べる?」
私の問いかけに、イルーシャは笑顔で頷きを返した。
その視線は、おじさんの持ってきた大きな箱へと向けられている。
そこには金属製のボウルのようなものが収められている。
そして、その内側には真っ白なジェラートがぎっしりと詰まっていた。
「じゃあ二つで!」
「はいよ!」
ボウルの脇に置かれていた茶色のコーン。
それを手にすると、おじさんはジェラートをたっぷりと盛り付けてくれた。
注意していないと、お山が崩れて零れ落ちてしまいそうなほどだ。
「まずはお嬢ちゃんの分だ。サービスしてやったぞ」
「ありがとう!」
私が喜んでジェラートを受け取ると、おじさんはイルーシャにもほぼ同じ大きさのものを手渡した。
するとイルーシャは自分のマジックバッグから小さなお皿を取り出し、ジェラートの半分ほどをフェルに取り分けてやる。
「わうっ!」
さっそく、フェルがジェラートにかぶりついた。
相当口に合ったようで、もう無我夢中といった様子だ。
尻尾も勢いよくぶんぶんと振られている。
「こりゃ期待が持てそうだね。いただきまーす!」
私もフェルに負けじと、大きな口でジェラートを食べた。
するとたちまち、口いっぱいに爽やかな甘みが広がる。
これこれ、このさっぱり感がジェラートのいいところだよね!
アイスクリームと比べると、脂肪分が控えめなので食べやすいのだ。
それでいて、空気が少ないので味わいは極めて濃厚。
舌触りも滑らかで、とてもしっとりとしている。
使われている材料がいいのだろう、あまーいミルクの風味はとにかく上品でお口の中が幸せになる。
「風呂上がりのジェラート、最高だよぉ」
火照った身体にジェラートの冷たさが行き渡り、何とも心地が良い。
いやー、やっぱりお風呂上りは冷たいものに限るよね!
私はパクパクッとジェラートをほおばるが、ここでキィンッと後頭部が痛くなってしまう。
「あたっ!」
「大丈夫ですか!?」
「急に冷たいものをたくさん食べたからさ」
「え?」
よくわからないといった顔をするイルーシャ。
あ、そう言えばイルーシャって冷たいものをそんなに一気に食べたことがないのか。
基本的にエルフの里は温暖だったので、氷菓の類を食べたこともほとんどないだろうし。
「冷たいものを一気に食べると、頭が痛くなっちゃうんだよ」
「へえ……んん!?」
物は試しとばかりに、ジェラートを頬張るイルーシャ。
するとたちまち、彼女は目を細めて後頭部を抑えた。
ありゃりゃ、自分まで頭痛になってどうするよ。
呆れる私の一方で、イルーシャは未体験の痛みに涙目となる。
「いたたっ! 結構辛いですね!」
「もう、マネしなくていいのに」
「いや、ほんとかなって気になって」
「わうぅ……」
「あ、フェルまで痛がってる!」
頭を抱えるフェルを見て、私はたまらずやれやれと頭を抱えるのだった。
読んでくださってありがとうございます!
おもしろかった、続きが気になると思ってくださった方はブックマーク登録や評価を下さると執筆の励みになります!
下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしていただけるととても嬉しいです!




