第62話 至福のイカ飯
「あむっ!」
おじさんに促され、私はイカ飯を口に入れた。
たちまち、ふわっと口の中を抜けていく醤油の香り。
その直後、ガツンッとイカの旨味と甘みがやってくる。
さらに隠し味に、少しショウガが入っているようだった。
爽やかな風味が、イカ飯の味をしつこくなり過ぎないようにしてくれる。
これは……うまい!!
モチモチとしたもち米の食感もたまらないよぉ!
「んんん~~~~!!」
もち米の弾力感を噛みしめながら、私は声にならないうなりを上げた。
幸せとはまさにこのこと。
これでお酒もあったら最高だよ……と思ったところで、すかさずおじさんが提案してくる。
「口に合ったようで良かったぜ。飲み物はどうする? エールが冷えてるぜ」
「ちょうだい!」
一も二もなく、首を縦に振った。
すると、私の答えを予想していたのかおじさんはすぐにジョッキになみなみと注がれたエールを差し出してくる。
銅製のジョッキは大粒の汗をかいていて、キンキンに冷えていることがよく分かった。
――ゴクゴクゴク!
ジョッキを傾けて、金色のエールを豪快に口に流し込む。
すると――。
「おぉ! フルーツみたい!」
鼻を通る甘い香り。
微かにだが、柑橘系っぽい感じがした。
それに遅れてグレープフルーツのような苦みが訪れて、後味を爽やかに〆る。
へえ、エールでも土地によって結構な違いがあるんだ!
この街のエールは、何ともスッキリとした味わいのサワー系な感じだ。
「うわぁ、こりゃ魚介との相性は抜群だね!」
「そうだろう? 特にこのイカ飯と合う!」
「うん、もう一杯!」
「ちょっとララート様、あんまり飲んだら身体に悪いですよ」
「平気だって!」
私はそう言うと、おじさんにもう追加注文をした。
こうして運ばれてきた二杯のエールうち一杯を、イルーシャにも勧める。
「ほら、おいしいよ」
「私はお酒は……」
「イカ飯をこれで流し込んだら、ほんとに幸せなんだけどなぁ」
私はそう言うと、イカ飯を食べてエールを飲んだ。
くぅ~~、ほんとにたまらないね!
甘辛く味付けられたイカの風味が、爽やかな苦みのエールによって引き立てられる。
これを食べない、飲まないなんて正気じゃないよ!
「……ララート様がそこまで勧めるのなら、いただきます」
やがてイルーシャもまた、イカ飯を口に入れた。
たちまちその顔がふわぁっと緩む。
――もきゅもきゅ。
たまたま、大きく切られた部位があったのだろう。
イルーシャの口から飛び出したイカの切れ端が、ぷるぷると揺れる。
やがてそれをごくんと飲み込むと、イルーシャはそれはそれはもう満足げな顔をした。
そして、そのまま黙ってエールを飲み始めるのだが――。
「あ、こうだよこう!」
ちびちびとエールを飲もうとするイルーシャに、私は違う違うと首を横に振った。
そしてグイッとジョッキを傾けるジェスチャーをする。
日本酒じゃないんだから、こういうのはグイッと決めないと!
「こうですか?」
「うん!」
「わかりました。……えいっ!」
おー、いった!
イルーシャはジョッキを大きく傾け、その中身を一気に口へと流す。
――ぐびぐびぐび!
白く細い喉が、何とも気持ちよさそうに脈動する。
「ぷはぁ!!」
やがて、豪快にジョッキをテーブルの上に置いたイルーシャ。
その口の周りには、泡でお髭が出来ていた。
彼女はそのまま、何とも気持ちよさそうに息を吐く。
エルフの美少女だというのに、その姿は一瞬、日本の疲れたサラリーマンと重なって見えた。
仕事帰りの一杯を決めて、最高に幸せになってる時のお父さんだ。
「良かったでしょ?」
「はい、これはいいですねえ……」
「わん、わん!!」
ここで、フェルが私たちの足元で物欲しそうに吠えた。
どうやら、イルーシャの満ち足りた顔を見て自分もエールを飲みたくなったらしい。
「わかったわかった。でも、無理そうだったら飲まないでね?」
流石の私も、少しこわごわとした顔でフェルに確認する。
普通のワンちゃんなら、アルコールなんて飲んだら一発でアウトだからね。
確か、少し舐めるだけでもとんでもないことになった気がする。
いくら精霊獣とはいえ、気を付けないとひょっとするとひょっとするかもしれない。
「わうぅ!」
「おじさん、エール追加で!」
こうしてフェルの分のエールを受け取った私は、それを平皿に注いだ。
それをそっと出してあげると、フェルはすごい勢いで飲み始める。
お、流石は精霊獣だね!
あっという間にエールを飲み干したフェルだったが、特に具合は悪くなさそうだった。
しかしここで――。
「わううぅ……?」
「ちょっと酔ってる?」
その場でフラフラッとするフェル。
ほっぺたが少し赤くなっていて、わずかに息が荒い。
……うん、完全な酔っ払いさんだな。
抱き上げて顔を近づけてみると、息も酒臭くなっていた。
「ありゃりゃ、やっぱり精霊といえども酒には弱かったか」
「フェル、一気飲みなんてしちゃだめですよ」
横から顔を出したイルーシャが、フェルの鼻をちょんと突いた。
フェルは耳を垂れさせて、反省したようなそぶりを見せる。
「わう、わうう……」
「あんまりおいしそうだったから、我慢できなかったって。まあ、仕方ないねえ」
そう言うと、私はフェルの顎を優しく擦った。
するとフェルはゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。
あはは、これじゃ犬と言うか猫みたいだなぁ。
フェルの滅多に見られない姿が見られて、私は満足なのじゃ s。
「フェル~、よしよし!」
「よしよしじゃないですよ。あんまり甘やかさないでくださいね」
「いいじゃん、ちょっと酔うぐらい大丈夫だもんねー」
「わうぅ!」
フェルは前足を上げて返事をすると、そのままこてんっと寝転がった。
仰向けになり、お腹を晒してすやすやと寝息を立て始める。
こりゃちょっと、大丈夫じゃなかったねえ。
次からは、フェルにあんまり飲ませないように気を付けよう。
「フェルも寝ちゃったことだし、そろそろ失礼しよっか。ご馳走様!」
「ご馳走様でした!」
おじさんにお金を渡すと、私たちは小さくなったフェルを抱えて屋台を後にした。
さてと、だいぶお腹もいっぱいになって来たねえ。
私はポンポンとお腹を擦りながら、どうしようか思案する。
するとここで、イルーシャが言う。
「そろそろ白帆亭に行きませんか? 辛子漬けを食べる前に、お腹いっぱいになっちゃいますよ」
「あ、そうだった! お祭りに夢中でうっかりしてたよ!」
危うく、他の食べ物で満腹になってしまうところだった!
こうして私たちは、大急ぎで白帆亭へと向かうのだった。
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