第61話 満喫、屋台飯!
「あつ、あっつ!」
分厚く切られたイカはたっぷりと熱を蓄えていて、たちまち口の中が火事みたいになった。
でもおいしい、この熱々さがたまらない!
イカ独特のしっかりとした弾力のある食感。
まるで歯を締め付けてくるかのようだ。
それでいて、噛めば噛むほどに濃厚な旨みが溢れ出してくる。
おぉ、これがテイオウイカか……!
イカ独特の旨味と甘みがすごいのに、嫌な臭みはまったくと言っていいほど無い。
流石は街の名物になるだけある、素晴らしい食材だ。
これなら、イカそうめんとかにしてもおいしそうだなぁ……。
私はそのまま、無言で二本目に突入した。
ここでふと横を見ると、イルーシャが何やらわたわたとしていた。
「あつ、あちゅちゅ!」
「イルーシャ、大丈夫?」
「す、すいません! でも、これはまた……」
はふはふしているうちに、熱さが落ち着いたのだろう。
たちまち、ふわぁっととろけた顔をするイルーシャ。
――もぐもぐもぐ。
彼女はそのまま、ひたすら無言でイカ焼きを噛みしめる。
その細められた目は、何とも幸せそうであった。
こうして、沈黙すること数十秒。
ごくんっと口の中の物を飲み干したイルーシャは、ふぅっと大きく息を吐く。
「ふぅ、おいしかった……。食べ応えたっぷりですね!」
「うん! やっぱり、お祭りと言えばイカ焼きだねー」
「そうなんですか?」
「うん!」
……この世界じゃなくて、日本での話だけど。
まあ、楽しければ細かいことは別にいいのだ。
ふふふ、まだまだお腹は余裕たっぷり。
次は何を食べようかな、たくさんある屋台をどんどんと見ていく。
「こっちはイカ刺し、あっちはイカサンド! あっ! すごい!」
「どうしたんですか?」
「イカ飯がある!!」
イカご飯と掲げられた旗を見て、私はたちまち目を丸くした。
この世界にお米があることは既に知っているけど、まさかこんなものまであるなんて!
これは是非とも食べなくては!
私はすぐさま屋台に近づくと、おじさんに声を掛ける。
「おじさん、イカ飯ちょうだい!」
「おう、何人前だ?」
「三人前!」
「はいよ! そこの席で待っててくれ」
そう言うと、おじさんは屋台の前にあるテラス席のような場所を示した。
ちょうど、通りの向こうに海が見える絶好のロケーションだ。
んんー、潮風が気持ちいい!
こんなところでおいしいご飯が食べられるなんて、最高だね!
「……ララート様、イカ飯ってどんな料理なんですか?」
「イカの中にお米を詰めた料理だよ。……たぶん」
「たぶん?」
「イカ飯って料理は知ってるけど、食べたことないんだよ」
「食べたことないのに、あんなにすごい勢いで食いついてたんですか?」
そう言うと、イルーシャはフェルと目を合せて首を傾げた。
こういう時に限って、やったら鋭いなぁ。
まさか、この世界では食べたことないけど前世では食べたことあるなんて言えるはずもない。
「いや、あの美味しいイカとお米の組み合わせだよ? 最高だって」
「そう言えばララート様、お米好きって言ってましたもんね」
「うん! あれは魂に響くよ……」
「魂ですか」
私の言葉に、何とも言えない顔をするイルーシャ。
ふ、イルーシャも日本人になればきっとわかるよ……。
まぁ、転生しないと無理なんだけどさ。
今はそんなことよりもイカ飯だ、どんなのが来るかなー。
さっきのイカ焼きみたいに、はんぺんみたいな形のにお米を詰めるのかな?
それとも……。
あれこれと考えていると、おじさんが大皿を持って現れる。
「はいよ、イカ飯三人前だ」
「これが……イカ飯……?」
やがて私たちの前に現れたのは、イカ飯というよりイカチャーハンというべきビジュアルの料理だった。
大皿の真ん中に、こんもりとイカの混ぜ込まれたご飯が盛り付けられている。
なるほど、これはちょっと予想外だったなぁ……。
まぁ、チャーハンだとしてもおいしいには違いないだろうけど。
「……んん!?」
そう思ってスプーンを差し込むと、ご飯がモチッとしていた。
これはチャーハンじゃない、炊き込みご飯だ!
しかも、使われているお米は明らかにもち米である。
さらに、ふわっと漂ってくる醤油の香り。
魚醤じゃない、間違いなく大豆からできたお醤油だ。
後に残る魚介特有の匂いがなく、すっきりとしたキレがある。
これは大豆のお醤油でなければあり得ない。
「最初は全然違うかと思ったけど、ちゃんとイカ飯だ! すごい!」
「うちのはいろいろとこだわってるからな」
「この醤油とお米はどこで調達したの!?」
私は思わず椅子から立ち上がると、得意げな顔をしているおじさんに質問を投げた。
するとおじさんは私の剣幕に驚きつつも答える。
「東方からの交易品だよ。この街でたまたま仕入れたんだ」
「どこの商会で買ったの?」
「トーマス商会だよ。東方からの交易品はだいたいあそこだからね」
あの会頭さんのところか。
それなら話は早い、後でいろいろと聞いてみることにしよう。
もしお醤油ともち米が手に入れば、いろいろと料理の幅も広がるからね!
「ありがと!」
「いやいや、いいんだよ。料理人として、料理に興味を持ってもらえることほど嬉しいことはないからね」
「そう言ってもらえるとこっちも助かるよ」
「それより、冷めないうちに食べてくれよ。うまいぞ」
「もちろん!」
おじさんに促され、私達はさっそくイカ飯を食すのだった。
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