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ぐうたらエルフののんびり異世界紀行 ~もふもふと行く異世界食べ歩き~  作者: キミマロ


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第54話 交渉

「なるほど、そのようなことが……」


 建物の三階にある応接室。

 立派な革張りのソファに腰を下ろした私たちは、会頭さんにおおよその事情を説明した。

 話を聞いた会頭さんは、思案するようにうんうんと唸り出す。

 私たちの言っていることが本当かどうか、すぐには判断できないようだった。


「昨日の深夜、沖合に強い光を見たという者が何人もいます。この方たちの言っていることは本当かと」


 ここで、紅茶を運んできた女性がそっと告げた。

 眼鏡をかけて、パリッとした服を着たいかにも仕事が出来そうな人物である。

 会頭さんの秘書だろうか。

 背が高くスタイルも抜群で、ちょっとエロい感じもする。

 うーん、理想的な秘書さんだ。

 私の中のセクハラ親父がうずくな。


「そうか、ならば確度は高いな。この街の近くにそのような脅威がいたとは……」

「それで、この商会でいま使えそうな船はあるの?」

「商会の船はすべて出払っているが、私が個人で所有している船ならある」

「その船、大きいの? できれば、水鉄砲でひっくり返らないぐらいの大きさが欲しいんだけど」

「全長五十メートルほどはある。大丈夫だろう」

「わーお……でっか」


 思わず、呆れたような声を出してしまう。

 流石は町一番の大商人、個人でそれだけのものを所有しているとは大したものだ。

 その大きさならば、水鉄砲を撃たれても一発や二発なら耐えられるだろう。


「その船、貸してください! お願いします!」

「……それはできない」

「え?」


 ここへきて、予想外の返答だった。

 え、これは貸してくれる流れじゃなかったの!?

 私とイルーシャはすぐさま互いに顔を見合わせる。


「どうして、貸してくれないの?」

「そうですよ、街の脅威を倒さないと」

「逆だ、脅威だからこそ慎重に対処せねばならん」


 会頭さんがそう言うと、すかさず秘書がどこからか丸められた紙を取り出した。

 そしてそれを、私たちの前のテーブルにサッと広げる。

 それはどうやら、ウェブル周辺の海図のようだった。

 航路を示す矢印が、ウェブルの街を中心に


「テイオウイカが居座っているこの街の沖合は、見ての通りいくつもの重要な航路が通る海の要衝です。万が一、ここが使えなくなれば大変なことになる」

「だからこそ、早めに退治しないといけないんじゃない?」

「我々が懸念しているのは、確実に退治できるかということだ。倒し損なって、手負いとなったイカが暴れ狂うようなことがあれば取り返しがつかなくなる」


 なるほど、そういうことか……。

 事態の重要性は理解しているが、だからこそリスクは冒せないって発想なんだね。

 わからんでもないけど、いかにも偉い人の考える慎重論って感じだなぁ。


「他の商会やギルドとも連携して、討伐用の船団を仕立てましょう。それで確実に仕留める」

「けど、それ準備にどれだけかかるの?」

「そうですな……。今の船不足だと……ざっと二か月ほど」


 町一番の商会の力をもってしても、二か月もかかっちゃうのか。

 船不足は理解できるけど、それじゃいくら何でも……。


「遅いよ! 早く辛子漬けが食べたいのに!」

「辛子漬け?」

「あ、何でもない何でもない!」


 慌てて手を振って誤魔化す。

 直後、イルーシャがすごく冷たい目でじとーっと私を睨んだ。

 そ、そんな顔しなくたっていいじゃん!

 おいしいもののために戦って何が悪い、食欲は活力の源だよ!


「とにかく、二か月はかかり過ぎだよ。いつ動き出してもおかしくないのに」

「今のところは、特にそう言った兆候は見られないので大丈夫でしょう。商会で運行中の船からも、何も報告はありません」


 秘書さんはそう言うと、眼鏡をくいっと持ち上げた。

 言わんとすることはわかるけど、今が大丈夫ならこれからも大丈夫ってわけじゃないからね。

 こういうの、なんて言うんだっけ?

 正常性バイアスだったかな、大変なことは起こらないだろうってついつい考えちゃうあれ。


「そうは言っても……」

「確実に倒します。ですから、私たちに船を貸してはくれませんか?」


 ここで改めて、イルーシャが強い口調でそう言った。

 私もそれに同調して、会頭さんの顔をまっすぐに見据える。


「昨日はやられたけど、準備をしていけば絶対負けないよ。それは保証する」

「そう言われましても、事実として一度敗北したのですよね?」


 会頭さんの脇に控える秘書さんが、すかさずそう突っ込んできた。

 見た目通り、なかなかクールで手厳しい人みたいだ。


「あれは負けたんじゃなくて、あくまで一時撤退しただけ。だから私たち、ピンピンしてるでしょ」

「撤退と敗北は何が違うのですか?」

「撤退というのはこちらの判断で退くこと。敗北っていうのは退かざるを得なくなること」

「退かざるを得なくなったので、撤退の判断をしたのでは?」


 むむむ、なかなかにやりおる……!

 口喧嘩で私がここまで追い詰められたのは、ひょっとすると初めてかもしれない。

 まだ三十年も生きてないだろう人間なのに、強いな。


「大丈夫です、信じてください!」


 ここで、イルーシャがまっすぐな目で言った。

 ……まずい、この局面で精神論は悪手だ!

 私は即座にフォローを入れようとするが、すかさず秘書さんが仕掛けてくる。


「信じるにはまず、具体的な根拠が必要です。あなた方は既に一回撤退しているので、そういう意味では信じられませんね」

「うむ……そうだな。申し訳ないですが、やはり船は貸せません」


 ぐぐぐ、やられたぁ……。

 私がすぐに恨みがましい目を向けると、イルーシャは申し訳なさそうに手を合わせた。

 やれやれ、まだまだイルーシャはこういう駆け引きには弱いね。

 あとでしっかりと鍛え直してやらないと。


「……じゃあ、失礼するね」

「お騒がせしました」


 こうして、応接室を立ち去ろうとした私とイルーシャ。

 するとここで、会頭さんが私たちの前に置かれたカップを見て言う。


「ああ、急がなくても大丈夫ですよ。せめて、そちらの紅茶をお飲みになってから行かれてはどうです?」

「あ、そうだった」


 話に夢中になっていたので、せっかくの紅茶に手を付けていなかった。

 このまま放置していくのは、流石にちょっともったいないだろう。

 私とイルーシャはソファに戻ると、さっそく紅茶に口を付けた。

 すると――。


「んん! これ、塩が入ってる!?」


 アッサムのような強い甘みに、ほのかに塩味が混じっていた。

 さながら、塩キャラメルのような風味だ。

 塩味が加わることによってコクが増し、独特の奥深い味が生まれている。

 イギリス人ならキレそうけど、これはこれでありだね。

 私的には、おいしければ何でもオッケーだ。


「塩紅茶です。この街の隠れた名物ですよ」

「へえ……」

「このお塩、ハーブティーとかにも合いそうですね! お野菜につけても美味しそうです!」


 よほどこの紅茶が気に入ったのか、あっという間に飲み干してしまうイルーシャ。

 その様子を、会頭さんと秘書さんも微笑みを浮かべながら見守る。


「この街から少し離れたところに、大きな塩田がありまして。とても質が良い塩が取れるのです」

「なるほど、やっぱりその辺の岩塩とはちょっと違うなぁ」


 この大陸で主に出回っている岩塩と比べて、この塩は味がまろやかに感じられた。

 ミネラルのバランスとか、その辺の成分がいろいろと違うのだろう。

 岩塩もヘビーな肉料理とかにはよく合うけど、甘さを引き立てるのに使うなら断然こっちだね。

 野菜につけて食べるのも、たぶんこっちの方がいいだろう。

 トマトとかにつけて食べたら、きっと最高だろうなぁ……。

 ここについては、私もイルーシャに同意だ。


「このお塩、商会で売ってる?」

「もちろんです。買って帰られますか?」

「うん、せっかくだしね」


 上手く買い物をさせられたような気もするが、まあいいだろう。

 こうして私たちは塩を買い、ひとまずトーマス商会を後にするのだった。


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