第53話 船を借りに
「ごめんくださーい!」
テイオウイカのハズレと戦った翌日。
私たちは、ウェブルの街の大通りにある商会を尋ねていた。
あのイカに対抗するためには、あの水鉄砲でも沈められない大きな船が必要だとわかったからである。
流石に商人から大きな船を借りるとなると、相当の費用が掛かるけれど……。
ここまで来た以上、こちらだって簡単には引けないからね!
「何の御用ですかな?」
「船を借りたいんですけど」
「船を?」
私がそう言うと、応対した商人の男はたちまち戸惑ったように目を丸くした。
この世界では、船はとても高価で貴重な乗り物。
それを小さな女の子が貸してくれというのだから、戸惑うのも無理はない。
「私たちは冒険者なんですが、モンスターと戦うのにどうしても大きな船がいるんです」
ここですかさず、イルーシャがギルドカードを取り出して言った。
カードを見た商人は、私たちが冷やかしではなく本気で言っているらしいと悟ったようだった。
彼はすぐさま険しい表情をして、うーんと唸り出す。
「あいにく、うちの船はすべて運行中でね。貸せるのはないよ」
「あちゃー……。他に、船を持ってそうな商会の当てはない?」
「持ってるだけなら、この街の商人はだいたい持ってるよ。けど、今は時期が悪いね」
「というと?」
「ノルド山脈の道が塞がってるだろ? あのせいで、船便の需要が急増してるんだ」
あー、旅客に限らず貨物の方もいっぱいいっぱいなのか。
そうなってくると、船を借りるのはなかなか難しそうだなぁ。
「それなら、どこか船を借りられそうな当てはない?」
「うーん……。こんな時期に船を余らせてるのは……。心当たりがないねえ」
「ありがとう」
私は軽く会釈をすると、そのままお店を後にしようとした。
するとここで、男はちょっと待ったとばかりに声をかけてくる。
「ああ、そうだ! トーマス商会へは行ってみたかい?」
「トーマス商会?」
「通りの奥にある建物がそうさ。街で一番大きな商会だから、ひょっとするかもしれない」
そう言うと、男は通りの奥にある三階建てのひと際大きな建物を指差した。
街で一番大きな商会だけあって、建物も一番大きいらしい。
「わかった、行ってみるよ」
こうして私とイルーシャは、すぐに通りの奥にあるトーマス商会へと向かった。
おぉー、こりゃなかなかの大建築だなぁ。
間近に立つと、荘厳な石造りの建物は格式高く迫力があった。
どことなく、官公庁のようなお堅い雰囲気がある。
ちょっと気軽に、とはいかないような感じだ。
「……あなた方は? 何の御用でしょう?」
扉の前で中の様子を伺っていると、やがて黒服の男性が声をかけてきた。
艶のある黒髪をオールバックにしていて、出来る執事といった雰囲気の人物である。
「私たち、ちょっと船が必要で。それで、街の商人さんに聞いたらトーマス商会なら貸してくれるかもって」
「……船でございますか」
そう言うと、男は露骨に顔を曇らせた。
すかさず、イルーシャがギルドカードを取り出して言う。
「私たち、これでも冒険者なんですよ。ほら」
「冒険者ですか。それはますますいけませんな」
先ほどの商人さんは冒険者と聞くと態度を軟化させたのに、今度は全くの逆であった。
黒服の男は眉をひそめ、あからさまにこちらを見下したような顔をする。
……何だか、ちょっと嫌な感じの人だな。
「冒険者などという根無し草に、船など貸せるわけがないでしょう。お引き取りを」
「むむっ! 何でそんなに馬鹿にされないといけないんですか! みんなのために戦ってるんですよ!」
「……まあまあ、落ち着いて」
思わず噛みついたイルーシャを、私はすぐさまなだめた。
この手の人とは、まともにやり合うだけ損というものである。
こういう時ほど冷静に、カルシウムが大事だ。
「あなたもそう言わずに、代表の人と話だけでもさせてくれないかな? ちゃんとお金はあるからさ」
「お引き取りを。そう簡単に会頭と会わせられません」
「プライドたっかいなぁ。バターリャの領主さま以上じゃん」
さりげなく、領主さまというワードを出して様子を伺う。
この手の人って、権威とかには人一倍弱いものだからね。
バターリャの街の領主さまにはちょっと申し訳ないけど、会ったことがあるのは事実なのでまぁいいだろう。
またいつか、お土産でも持っていってあげよう。
「……領主さま? 貴族の方とお会いになったことがあるので?」
「一応ね。街からの依頼を受けたから」
案の定、男はすぐに食いついて来た。
そして私があえてそっけない態度でそういうと、彼は少し考え込むような仕草をする。
「少しお待ちを。会頭に確認してきますので……」
「その必要はない」
扉を開けて、恰幅のいい男が姿を現した。
年の頃は五十過ぎと言ったところであろうか。
口の周りには立派な髭を蓄えていて、彫りの深い顔立ちには威厳がある。
そしてその手には、見たこともないほど大きなダイヤの指輪がはめられていた。
うわー、めっちゃお金持ちそう!
「会頭!」
「話は聞こえていたぞ。お嬢さん方、船を借りたいとか?」
「ええ、そうです!」
すぐさま答えるイルーシャ。
会頭の雰囲気に呑まれているのか、少し緊張した様子だ。
するとその返事を聞いた会頭は、私たちの耳を見て言う。
「ふむ……。お嬢さん方、エルフですな?」
「そうです」
「それは珍しい。エルフは優れた魔法の使い手だと聞きますが、お嬢さん方も?」
「はい。私はまだ上級までしか使えませんが、こちらのララート様は竜級の魔導師ですよ」
イルーシャに紹介され、すかさず私はどやっと胸を張った。
たちまち、その場の空気が一変する。
特に私たちをいろいろと見下していた黒服の男は、みるみるうちに顔が青くなっていった。
唇が土気色になって、ちょっとかわいそうなぐらいだ。
「まったく、危うくとんでもない方を追い返すところだったではないか」
「も、申し訳ありません!」
「お前は人を見た目や雰囲気で判断しすぎる。気を付けるのだな」
「は、はい……」
身を小さくして、深々と頭を下げる黒服の男。
そうしたところで、会頭さんはこちらに向かってにこやかに微笑みながら言う。
「詳しく、お話を聞かせて頂けますかな?」
「もちろん」
「では、立ち話もなんでしょう。中へどうぞ」
さあと大きく手招きをする会頭さん。
私たちは軽く会釈をすると、彼に続いて建物の中へと入るのだった。
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