第52話 激戦
「うっそぉ!? 何メートルあるの!?」
「そんな……」
イカのあまりの大きさに、息を呑む私たち。
体格だけならあのアースドラゴンともいい勝負をするだろう。
海のモンスターを片っ端から食い荒らしているだけあって、流石に半端じゃないね!
「こ、こんなの無理だ! 逃げよう!」
「なに弱気なこと言ってんの、男の子でしょ」
「男だろうが、あんなの無理だぜ!」
「ララート様、来ます!!」
リュートが泣き言を言い出したところで、巨大な触手が船に迫ってきた。
空から振り下ろされるそれは、さながら鞭のようである。
「ひいいぃっ!」
「なんのっ! それそれそれっ!!」
私は杖を取り出すと、炎の球を次々と繰り出した。
――ドォンッ!
触手に見事に命中した炎が、たちまち爆音を響かせる。
そのまま爆発が連続し、夜空の一角が赤々と照らし出された。
巨大な触手が爆風に呑まれ、小枝のように揺れる。
「すげえ、苦しんでる!」
吸盤がいくつかちぎれ飛び、触手がひときわ大きくもがくように揺れた。
それを見たリュートが、たちまち興奮した様子で叫ぶ。
ふふん、どんなもんよ!
このララート様の大魔法にかかれば、海の怪物だって大したことないのだよ!
「ララート様、後ろ!」
「ほいさっ!」
「次は前です!」
「あらよっと!」
イルーシャの指示に従って、次々と炎を放つ。
気分はまるでもぐら叩き。
水面から上がってくる触手を、リズムに乗って攻撃していく。
そうして数分もすると、不意に触手攻撃が止まった。
どうやら十本あるはずのイカの触手を、すべて焼き尽くしたようだ。
「ざっとこんなもんね。あとは本体をやっつけるだけか」
「すげえ、ほんとにすげえよ! ララートってめちゃくちゃ強かったんだな!」
「当然、竜級魔導師だって言わなかった?」
「流石だぜ!」
私のあまりの活躍ぶりに、興奮が止まらない様子のリュート。
いやぁ、ここまで反応してくれると私としても嬉しくなっちゃうな。
よしよし、このままイカを倒してかっこよく締めようじゃないか。
杖を高々と掲げると、その先端に巨大な炎の球を作る。
魔力を凝縮したそれは、さながら小さな太陽。
黒々とした大海原を照らし出し、昼のような明るさをもたらす。
「うわあぁ……! やべえ……!」
私のとっておきを見て、リュートは完全に語彙力を失っていた。
イルーシャもまた、期待を込めた目でこちらを見る。
早くとどめを刺してくださいと言わんばかりだ。
「よーし、じゃあこれで……わわっ!?」
炎を放とうとした瞬間、船が大きく揺れた。
危うくバランスを崩しそうになった私は、足を大きく広げてどうにか耐える。
いったい、何を仕掛けてきたんだ?
慌ててイカの方を見直すと、ただでさえ大きかった頭がさらに膨れていた。
ぷくーっと膨れ上がったその姿は、さながら風船のようだ。
そしてその口に向かって、勢いよく水が吸い込まれて渦を巻いている。
これは……何だかちょっと嫌な予感がする!
「ララート様、早く!」
「待って、これじゃ狙いが付けられないよ!」
「とにかく撃てば当たるだろ!」
「ダメだよ! 水面にこんなの落っことしたら、大変なことになる!」
私が作り上げた炎の球は、途方もない熱の塊である。
これを海に落としたら、たちまち水蒸気爆発が起きてしまう。
そうなったら、みんなまとめてぶっ飛ばされちゃう。
確実にイカをしとめるためとはいえ、少し威力を上げ過ぎたね!
「何か来ます!!」
「つかまって!」
こちらが狙いを付けるよりも先に、イカの方が仕掛けてきた。
ええい、やむを得ない!
私は炎の球をいかに向かって放つと、船縁にしがみついた。
炎の塊がイカの身体を外れて、海へと吸い込まれるのが見える。
――大爆発。
それの直後、巨大な水の塊が接近してくる。
イカの放った水鉄砲と爆発によって生じた水蒸気が、一緒になって襲い掛かってきたのだ。
「風よ!!」
水の塊がぶつかる瞬間、イルーシャが風魔法を発動した。
風の幕が船を包み込み、水に呑み込まれるのをかろうじて防ぐ。
しかし、船が押し流されることまでは防げなかった。
まるで洗濯機のような激流に揉まれながら、船はそのまま港の方へと押し流される。
上下に大きく揺れながら、容赦なくぐるぐると回転する船体。
たちまち船酔いした私たちは、しがみつくのがやっとだった。
あばば、あばばばば!
船が回って、景色がグルグルするよー!
そして数分後――。
「ぶ、ぶつかるぅ!!」
「やばい!」
いつの間にか接近していた岩礁。
それに船がぶつかり、すっかり船酔いしていた私とイルーシャはなすすべもなく海へと放り出された。
あばば、おぼれちゃう!
危うくおぼれそうになった私を、すぐさまイルーシャが抱きかかえた。
そして私たちは、どうにかこうにか水面へと顔を出す。
「無事か!?」
「なんとかね! そっちは大丈夫?」
「ああ、船もどうにか平気そうだ」
流石は漁師見習いと言うべきか、リュートは船にしがみついていた。
彼が差し向けてきた櫂を掴み、私たちはどうにか船の上へと戻る。
ふぅー、もうびっしょびしょ!
まったく、酷い目に遭ったなぁ……。
「へっくし!」
「大丈夫ですか?」
「なんとかね。しっかし、憎らしいなぁ……」
はるか遠くに見える巨大なテイオウイカの顔。
それはさながら、私たちに対してざまぁみろとでも言っているようだった。
水鉄砲を喰らう直前、どうにかこうにか炎の球を放ったわけだけど……。
軌道をそれてしまったそれは、まったくと言っていいほどいかには効いていなかった。
「……負けちゃいましたね」
「ぐぐぐ……! 今度こそイカ焼きにしてやるんだから!」
船の上で地団太を踏む私。
絶対に、絶対に勝ってあいつを食べてやるんだから!
そう再戦を誓う私の目には、炎が燃えているのだった――。
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