第50話 少年の船
数日後の朝。
漁の終わりを狙って港を訪れた私たちは、さっそく船長さんに船を借りる交渉をしていた。
沖合にいるであろう巨大テイオウイカと戦うには、どうしても船が必要だったのだ。
だがしかし――。
「……船は貸せねえなあ」
「お金なら出すよ。もし船が壊れちゃっても、修理費はこっちでちゃんと負担するし」
「そのテイオウイカのハズレってのは、モンスターを食べてくれてるんだろ?」
「うん。この辺のモンスターを、たぶん片っ端から食い荒らしてる」
「ありがたい話じゃねえか。海のモンスターには、俺たちも悩まされてきたからな」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
確かに、漁師さんにとって海のモンスターというのは天敵みたいなものだろう。
それを減らしてくれているというのだから、彼らから見ればありがたい存在かもしれない。
「でも、そのうち暴れ出すかもしれないんですよ? そうなったらとんでもないことに……」
街の人々を心配しているのか、語気が強くなるイルーシャ。
しかし、船長は意に介さずガハハっと笑いながら言う。
「かもしれない、だろ? なーに、この街にはでけえギルドもあるんだ。暴れてから対処してもどうにかなるさ」
「そうそう! それに、暴れるって決まったわけじゃないんだろ?」
「へーきだって、言い伝えなんて外れるもんだ」
何ともまあ、軽い調子の漁師さんたち。
イルーシャの訴えなど、まったく耳に届いていないようだ。
まぁ無理もないけどね、今までずーっと平和だったわけだし。
いきなり街が大変なことになるかもしれないと言ったところで、実感なんて湧かないに違いない。
「そもそも、その言い伝えって誰から聞いたんだ?」
「リュートくんのお爺さんです」
「あー、やっぱりな。あの爺さんの言うことなんて、当てになるかよ。どうせ、子どもを脅かすための作り話さ」
「……爺ちゃんは嘘は言わねえよ」
ここで、船の奥からリュートが出てきた。
……ああ、今日も漁のお手伝いをしてたんだ。
彼はそのまま船長の隣へと移動すると、はっきりとした口調で言う。
「確かに俺の爺ちゃんは、いろいろ変なことも言う。けど、これは本当なんだ」
「どうして本当だってわかる?」
「家族だから。あの時の爺ちゃんの目は、嘘をついてる目じゃなかった」
「……話にならねえな。もう漁は終わったんだ、さっさと帰れ。お前は関係ねえんだよ」
そう言うと、さながら犬でも追い払うようにシッシと手を振る船長さん。
リュートはムッとしたような顔をしつつも、足早にその場から去っていった。
「……わかったよ、私たちも他を当たってみる」
「アンタら、本気であの爺さんの言うことを本気で信じてるのか?」
「まぁね」
「悪いことは言わないから、やめとけやめとけ。どうせ、誰にも相手にされないのがおちだよ。ここらの漁師はあの爺さんのホラは聞き飽きてるんだ」
「ま、やるだけやってみるから」
こうして船長さんたちと別れた私とイルーシャは、港に戻ってくる漁師さんに片っ端から声をかけてみた。
しかし、なかなか上手くはいかない。
船長さんの言う通り、みんな現状に問題を感じておらず、危険なことなどしたくないようだ。
中には、事情を説明すると余計なことをするなと言う人までいた。
「参りましたね。ここまで誰も船を貸してくれないなんて」
「相場の倍ぐらい積めば、流石に何とかなると思ったんだけど……。みんなお金持ってるみたいだからね」
豊漁続きのおかげで、漁師さんたちはみな懐に余裕があるようだった。
そのせいで、お金で解決するという手段も取れなかった。
うーん、どうしたものかなぁ……。
私は腕組みをすると、海の方を見ながらうんうんと悩みだす。
この大海原のどこかにいるであろう、巨大なテイオウイカ。
それを見つけ出すには、どうしたって船がいる。
いっそ、借りるんじゃなくて買ってしまうか……?
最低限、移動できるぐらいの小さな船ならそこまで高くないはずだけど……。
そんなことまで考え始めた時、不意に声が聞こえてくる。
「あ、いたいた!」
「リュート? どうしたのさ?」
こちらに走り寄ってくるリュートを見て、私もイルーシャも怪訝な顔をした。
てっきり、もう家に帰っているとばかりに思っていたのだ。
そんな私たちに対してリュートは、どこか得意げな顔をして言う。
「どうせ、誰も船を貸してくれなくて困ってんだろ?」
「うん、まあそうだけど」
「こっちに来てくれよ、いいものがあるんだ」
そう言うと、リュートは大きく手招きをした。
いったい、何があるというのだろうか?
私とイルーシャはしばらくリュートに続いて岸壁を歩き、やがて港の端にある船小屋へとたどり着く。
板材を張り合わせて作られたそれは、風が吹けば飛んでしまいそうなほど粗末な作りだった。
「……ごほ、ごほ! めっちゃ埃っぽい!」
「ここは漁具とかを保管しておく小屋なんだ。それで、これが……」
白い布をかぶせられている大きな何か。
それに手を置くと、リュートはニィッと得意げな笑みを浮かべた。
やがて彼が勢いよく布を引くと、たちまち小さな船が姿を現す。
「おぉ、船じゃん!」
「すごいだろ。古くなって捨てられてたのを、俺が一人で修理したんだ」
年季の入った船体のそこかしこに板材が打ち付けられ、丁寧に補強がされていた。
手漕ぎボートに毛が生えたぐらいの船とはいえ、素人がこれだけの作業をするのにはかなりの時間がかかっただろう。
リュートのやつも、なかなかやるもんである。
「この船を貸してやるよ。テイオウイカのハズレ、退治しようぜ」
「……ありがたいですけど、この船、相当に大切なものなんじゃないんですか?」
すぐに恐縮した様子で尋ねるイルーシャ。
修理された船の様子を見る限り、リュートが特別な思いを込めているのは明らかだった。
するとリュートは笑いながら事情を説明する。
「この船はもともと、俺が漁師として独立するために修理してたんだ。いつまでも下働きなんてやってられねーからな」
「じゃあ、なおさら大切な船じゃん」
独り立ちするための船なんて、それこそ大切にしないと。
万が一、沈めたりしたらリュートの将来設計が台無しになっちゃう。
しかし、リュートはうっすらと笑みを浮かべて言う。
「でもいいんだ。俺、やっぱり冒険者学校に戻って冒険者になるから」
「もしかしてそれ、私が魔法を見せた影響?」
「そ、そんなんじゃねえよ!」
強がるリュートだったが、その反応はもう答えを言ってしまっているようなものだった。
ま、私の壁は相当に高いけどね。
若人よ、せいいっぱい頑張りたまえよ。
私がうんうんと微笑みを浮かべて頷くと、リュートはさらに付け加えて言う。
「それに、爺ちゃんが馬鹿にされてるのも気に入らねえしな。でっけえイカを持ち帰って、船長たちの鼻を明かそうぜ」
「そだね。それで、たっくさん辛子漬けを作ろう!」
「そうと決まれば、出発は今夜だ。俺は船を出せるように準備しておくから」
「わかった。それじゃ、私たちは夜に備えて休んでおくね」
こうしてひとまず、私たちは戦いに備えるべく宿へと戻るのだった――。
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