第46話 海の幸
「んんっ!! おいしい!!」
髭おっさんの刺身を口に入れた私は、たちまち唸った。
白身魚特有のしっとりと、それでいて歯ごたえのある食感。
しこしことしていて、タイに近いような感じだ。
味わいはさっぱりとしていて、ほのかに甘い。
それが魚醤の独特の風味と絶妙にマッチしていて、旨みが何倍にも引き立てられていた。
こりゃ、いいですなぁ……。
甘みがやや強いので、酢飯と合せてお寿司にしたらもっとおいしいかもしれない。
一尾買って、持ち帰ってみるのもありだな。
お米は白帆亭の店長さんに言えば買えそうだし、酢も何とかなりそうだ。
「うまいだろ? じゃ、俺たちも」
「へへへ、仕事終わりの賄いはやっぱ格別だなぁ!」
お刺身を競い合うようにして口へ運んでいく漁師さんたち。
それに遅れて、イルーシャもまた恐る恐るといった様子でお刺身を食べた。
するとたちまち、訝しげだったその顔がふにゃんと緩くなる。
「これがお魚……。さっぱりとした感じが美味ですね……!」
「ああそうか、イルーシャって魚もほとんど食べたことないんだっけ」
これまでの旅でちょくちょくとお肉は食べてきたイルーシャだが、ちゃんと魚を食べるのはこれが初めてだった。
一応、昨日食べたシーフードカレーにも魚介類は入っていたけど……。
あれはカレーの味が強かったので、お魚そのものの味をしっかりと感じるのはこれが初めてだろう。
「どう? お魚もいいでしょ」
「この食感とお味、癖になりそうです……!」
「ふふふ、イルーシャもすっかり堕ちたねえ」
菜食主義者だったイルーシャが、もうすっかり堕ちてしまっていた。
ふ、人もエルフも堕落するときは早いものよ……。
イルーシャがライトサイドからダークサイドへとやってくる日も近いな。
動物食エルフの爆誕だ。
「……ララート様、変なこと考えてません?」
「別に。イルーシャにも、お魚のおいしさがわかってもらって良かったなーって」
「ほんとですかぁ?」
おやーっと訝しげな目を向けてくるイルーシャ。
師匠を疑うような悪い弟子には……えいっ!
イルーシャのお皿の上にあったお刺身を、ひょいっと取ってしまう。
「あっ!?」
「師匠を疑う弟子にはお仕置きだよ」
「もー! ララート様が食べたいだけじゃないですか!」
「ふ、油断した方が悪いのだよ」
私は勝ち誇った笑みを浮かべると、お刺身を口に放り込んだ。
んんーー、おいしい!!
まさに、弟子の不幸は蜜の味だねえ。
ただでさえおいしいのに、いやぁたまらんですな。
「もー、怒りましたよ!」
「あ、私のお刺身!」
「さっきの言葉をお返しします。油断した方が悪いんですー!」
「むぐぐ、弟子のくせに生意気な……!」
睨み合う私とイルーシャ。
負けられない戦いがそこにはあった。
しかしここで、リュートが呆れた顔をして私たちの前に皿を差し出してくる。
「そのぐらいにしろよ。ほんとに俺たちの十倍生きてるのか?」
「おぉ、これは……くれるの?」
「さっき約束したからな」
そう言えば、魔法を見せるときに代わりに賄いを分けてって頼んだっけ。
約束を守るあたり、やっぱり根はいい子である。
「ありがと! あ、これは私のだからね! 魔法を見せたのは私なんだから!」
「……わかってますよ、ララート様」
「それじゃ遠慮なく」
私はここで、贅沢にもお刺身を二枚まとめて口へ放り込んだ。
んんー、これは食感が変わっておいしい!
噛みしめるたびに幸せが口の中いっぱいに広がるぅ……!
「髭おっさんの刺身は、こいつで食ってもうまいぜ」
そう言うと、リュートは懐から緑色をした果物を取り出した。
みかんより一回り小さいぐらいの柑橘類で、見たところ身はしっかりして堅そうに見える。
「これは?」
「ダスチの実だ。こいつを絞って掛けると、さっぱりした味になる」
「おぉ、それはぜひ試してみたいね!」
「ほらよ。これ使いな」
そう言うと、リュートはダスチの実と絞り器を手渡してきた。
真ん中が山のように盛り上がった、小皿のような奴である。
私はさっそくダスチの実の皮をむくと、搾り器のお山の部分にグッと押し当てる。
――ジュバッ!
みかんのような果肉が潰れて、驚くほどたくさんの果汁が溢れてきた。
「……いい匂い!」
たちまち、柑橘類に特有の爽やかな香りが鼻を抜けた。
かなり酸っぱい感じで、レモンに少し似ている。
これは確かに、白身のお刺身とよく合いそう!
私はさっそくお刺身を果汁につけて、口に放り込む。
すると――。
「うはぁ!! こりゃたまんない!」
酸味の強い果汁と甘みの強い白身の刺身が、まさにベストマッチ!
魚醤の時も十分に美味しかったけど、それ以上だよ!!
「ありがとう、ありがとう!」
「わっ! な、なにすんだよ!!」
私は思わず、リュートの手を握って感謝した
この食べ方を教えてもらって、本当に良かったよぉ。
感動して、目にうっすらと涙さえ浮かぶ。
「この食べ方を知って良かったよ! 知らなきゃ死んでた!」
「はぁ……?」
「あ、イルーシャも食べなよ。ほら」
私はそう言うと、まだ残っていたお刺身をイルーシャに差し出した。
すると彼女はおやっと首を傾げる。
「……いいんですか、ララート様?」
「うん。本当に美味しいものは、シェアしたくなるからね」
「なんかさっきと言ってることが違う気がしますけど……」
「それだけ衝撃を受けたってことだよ!」
本当においしいものは、人の心をちょっぴり広くするのだ。
私がこうしてほらほらと勧めると、イルーシャは訝しげな顔をしつつもお刺身を果汁につけて食べる。
するとたちまち――。
「ふはぁ……!! これは勧めたくなりますね……!」
眼を閉じて、幸せを口いっぱいに噛みしめるイルーシャ。
天を仰ぐその姿は、心の底から満足しているようだった。
何だか、このまま翼が生えてどこかへ飛び立ってしまいそうな雰囲気すらある。
「……よくわからねーけど、喜んでもらえてうれしいぜ」
「うん!」
満面の笑みを浮かべて頷く私。
こうして、おいしい時間はゆっくりと過ぎていくのだった――。
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