第45話 珍味、髭おっさん
「おぉ……!」
こりゃすごい、どれも新鮮でおいしそう!!
私とイルーシャがあまりの大漁ぶりに目を見開いていると、漁師さんたちは手際よく甲板下の生け簀へと魚を入れていく。
「ははは、こりゃ入りきらねえ!」
「船をもっとデカくしねえといけねえな!」
すっかりご機嫌な漁師さんたち。
いやー、お手伝いした甲斐があったってもんだよ。
「こんなにお魚が獲れるなんて、すごいですね! いつもこうなんですか?」
「そんなわけないでしょ。いつもこんなに獲れてたら、お魚がいなくなっちゃう」
「いんや、ここ最近はずっとこうだ」
年配の漁師さんが、実にいい笑顔でそう告げた。
他の漁師さんたちも、豪快に笑いながら言う。
「おうよ、半年ぐらいは大漁が続いてるなぁ!」
「おかげで笑いが止まらねえよ。船長なんて、家を建て直したもんな?」
「ああ。母ちゃんに乗せられて、でっけえ家にしちまった!」
得意げな顔で語る船長さん。
でっかい家を建て直せる儲かるとは、本当に景気がいいらしい。
なるほど、それで猫の手も借りたくてギルドにお手伝いを依頼しているってわけか。
「でも、何でこんなに豊漁なのかな?」
「そうですね、ちょっと不思議です」
「モンスターが減ってるからだろう。天敵がいなくなりゃ、魚が増えるのは当然さ」
なるほど、モンスターが減少している影響がここにも出てるってわけか。
テイオウイカの辛子漬けが食べられないのは残念だけど、こうしておいしい魚がたくさん獲れるのはいいことだなぁ。
ふふふ、そうと聞いたらこの街にいる間は徹底的に魚介を食べ尽くすぞー!
海産王に私はなる!
「…………おかしいよ」
「あ?」
こうして皆で笑っていた時だった。
不意に、リュートが怖い顔をしてぽつりと言った。
その冷たい声に、たちまち場の空気が冷える。
「半年も大漁が続くなんて、いくら何でもおかしいよ。爺ちゃんも言ってたんだ、今に大きな災いが起きるに違いないって」
「何を辛気臭いこと言ってんだ。何か月も前からそう言ってるが、何も起きてねえだろ」
「そうだけど、まだなだけでこれから……」
「せっかく大漁だってのに、冷めるようなこと言うんじゃねえ」
「でも……」
「でも何もあるもんか!」
いい気分に水を差されて、よほど腹が立ったのだろう。
船長さんはそう声を荒げると、立ち上がってリュートに詰め寄った。
そして強い口調で彼に言い聞かせる。
「働き口がなくて困ってたお前を、誰が雇ってやったと思ってるんだ。今後、二度と余計なことを言うな」
「……ごめんなさい」
「まあまあ、そのぐらいにしといたら? それより、お腹空いたんだけど!」
私はそう言うと、お腹を軽くなでた。
朝というか、夜中から動いていたせいでもうお腹ペコペコである。
するとそんな私を見て、毒気を抜かれたのだろう。
船長さんはやれやれと肩をすくめて言う。
「仕方ねえな。飯にするぞ!」
「やったぁ!!」
たちまち、大喜びで手を叩く。
いやあ、この時のためにお仕事頑張ってきたんだからね!
よーし、いっぱい食べちゃうぞー!
「何か食いてえもんはあるか?」
「やっぱお刺身! 朝だし、さっぱりめの白身魚がいいかな!」
「なら、髭おっさんだな」
「髭おっさん?」
なんだか、ずいぶんと珍妙なネーミングである。
私が溜まらず怪訝な顔をすると、船長さんは生け簀の中から大きな魚を取り出して見せた。
鱗がなく、皮膚は白くてぬめっとしている。
さながら深海魚のような、ちょっとグロテスクなルックスだ。
そして――。
「見てみろ、顔がおっさんっぽいだろ?」
「あ、ほんとだ! 鼻がデカくて髭も生えてる!」
船長さんが魚の顔をこちらに向けると、確かにそれはおっさんであった。
小さな目の下にドーンと大きな鼻があって、さらに頬が垂れ下がっている。
どことなく、その顔はお相撲さんみたいにも見えた。
さらに鼻の下にはちょんちょんとお髭が生えていて、けっこうキモかわいい。
「……これを食べるんですか?」
イルーシャが顔を引きつらせながらそう言った。
確かに彼女の言う通り、髭おじさんはけっこうインパクトのある顔をしている。
まさに人面魚とかそんな感じだからね。
でも、わかってないなぁ……。
こういうゲテモノほど、食べてみたらおいしかったりするんだよね。
「ああ、こいつはうめえぞ。この時期は特に身が締まってるからな」
「そうですか? ぶよっとして見えますけど」
「ならイルーシャは食べなくていいよ。私とみんなでぜーんぶ食べちゃうから」
「むむ……。そういうことを言われると食べたくなりますね!」
やれやれ、天邪鬼さんなんだから。
イルーシャがそう言ったところで、船長さんは船室からカバンを取り出してきた。
そして中から包丁とまな板を取り出すと、その場で魚をさばきだす。
「おぉー!」
流石は漁師さん、実に見事な手際だ。
大人の上半身ほどもあった髭おっさんが、あっという間に三枚に下ろされてしまった。
もはや、解体ショーみたいな感じだ。
私もある程度は包丁を使えるけど、年季がまったく違う。
何というか、迷いが全くなくてズバッと行くんだよね。
「髭おっさんの刺身、できたぜ!」
「おぉーー!!」
皿に盛りつけられたお刺身は、綺麗な白身だった。
薄く切られたその様子は、まるでフグのようである。
うわぁ、こりゃ期待が持てそうだ!
「これにつけて食うとうまいぞ」
そう言って船長さんが差し出してきた小皿には、黒い液体が入っていた。
むむ、これはもしかしてお醤油?
ちょんっと人差し指に着けて舐めると、途端に魚介系の風味が口いっぱいに広がった。
何だろ、塩気の強い醤油とイカの塩辛でも混ぜたような感じだ。
これは、ナンプラーに似てるのかな?
結構好き嫌いが分かれそうな感じだけど、私はおいしく感じる。
食べれば食べるほど、癖になって来そうな味だ。
「これは……魚醤かな?」
「ああ、そうだ。デカイワシって魚を発酵させて作るんだよ、よくわかったな」
「これでも、けっこう長生きしてるからね」
「……長生き?」
ぽかんとした顔をする船長さんたち。
ああそうか、まだ彼らには私の年齢のこととかは特に言ってなかったっけ。
「私はエルフだからね。たぶん、みんなの十倍は生きてるよ」
「マジか……ば……ずいぶん年上だったんだな」
「いまババアって言おうとしたでしょ」
「そんなことないって! なあみんな?」
船長がそう言うと、漁師さんたちはうんうんと勢い良く頷いた。
……本当かなぁ?
何だか疑わしいけど、とりあえずは良しとしておこう。
「ではさっそく……」
薄く切られた髭おっさんの刺身をフォークに刺して、魚醤につける。
そしてそれを、勢いよくお口に放り込むのだった――。
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