第35話 ドラゴンを食べよう!
「うわああああ……! すっごいご馳走!!」
アースドラゴンを撃破した翌日。
お城に呼ばれた私たちを待っていたのは、綺麗に飾り付けられた会場と素晴らしいご馳走の数々だった。
謁見の間に白いクロスの敷かれた長テーブルが置かれ、そこに大皿料理の数々が並べられていたのだ。
食堂では手狭だったため、城で一番広いこの場所を宴会場としたようである。
その場には百人近いドワーフの戦士たちが集まり、それぞれピカピカの鎧で着飾っていた。
特に戦士長さんなど、着慣れないマントを着てどこか落ち着かない様子だ。
「……一時はお二人とも投獄までされたのに、いやはや」
「ふふ、いまや国の英雄だねえ」
「ええ。お二人の案内役として、私もほっとしてますよ」
燕尾服のような正装を着て、私たちをここまで案内してくれたモードンさん。
彼は心底安堵したように、胸を手で抑えた。
モードンさんにはほんと、いろいろ心配かけちゃったからねえ……。
私たちが城に殴り込みを仕掛けた時なんて、生きた心地がしなかったに違いない。
この宴で、少しでもその心の疲れを癒してくれるといいな。
「……揃ったな。では皆の者、偉大なる祖先に感謝して……乾杯!」
「乾杯!」
ドワーフ王の号令の下、皆でエールの入ったジョッキを高々と掲げた。
これがドワーフ流の乾杯であるようだ。
そしてそのまま、みんな一気にジョッキの中身を飲み干していく。
流石は酒豪の国、とりあえずイッキから始めるらしい。
「ぷはああっ! さあ皆の者、今晩は無礼講だ! 存分に飲み、騒ぐがよい!」
「うおおおおおっ!!」
エールを飲み干したところで、王さまが先ほどとは一転して軽い感じで宣言した。
それに合わせて、ドワーフたちが一気に料理を取り分け始める。
私たちもそれに負けじと、お皿を手に次々と料理を盛りつけた。
そうしていると――。
「注もぉーーく!! ドラゴンステーキだぁ!!」
ここで、景気のいい声とともにコック帽を被ったドワーフたちが姿を現した。
その後ろから、大皿に載せられた見たこともないような大きさのステーキが運ばれてくる。
アースドラゴンのちょうど尻尾の部分だろうか?
巨大な円形で、さらにものすごく分厚い。
厚さ二十センチぐらいはあるかもしれないな、これ。
その中心にはバターの塊が乗っていて、じゅわーっと実にいい感じに溶けている。
焦げ目も美しく、肉の焼けた香ばしい匂いが食欲をそそる。
「すっごおおおおっ……!!!!」
まさに理想のステーキ!
たちまち、私は大きく目を見開いて大皿に駆け寄った。
この間のドラゴン肉は、焼けていたとは言ってもきちんと調理されたとは言い難い状態。
それに対して、完璧に調理されたこのお肉のなんと美味しそうなことか!
味を想像するだけで、よだれが、よだれが……!
「ララート様、お口が!」
「あ、ごめんごめん!」
「ステーキによだれが付いちゃいますよ」
すかさずハンカチを取り出し、私の口元を拭いてくれるイルーシャ。
いけない、ドワーフさんたちの前だというのについつい食欲が溢れてしまった。
私が流石に恥ずかしくて苦笑すると、ドワーフたちは気にするなとばかりに笑いかけてくる。
そしてすぐさま、コック帽を被ったドワーフがステーキを切り分けてくれる。
私の食欲に配慮してくれたのか、その塊はびっくりするほど大きかった。
「さあ、どうぞ!」
「いただきます!」
フォークを手にすると、私はそれをステーキに突き刺した。
……すっごい柔らかい!
フォークの歯が、さながら豆腐かプリンのように抵抗もなくお肉に刺さった。
それに少し驚きつつも、私は口を思いっきり開いてお肉にかぶりつく。
そして――。
「………………!!」
それはもはや、美味しさの暴力だった。
押し寄せる洪水のように芳醇な旨味に、私は声を出すことすらできない。
……これが、きちんと料理されたドラゴンステーキ!
ミディアムレアに焼き上げられた肉は柔らかく、さながら飲み物のよう。
肉本来の豊かな味わいが、たちまち口いっぱいに広がっていく。
しかし、それでいてくど過ぎない。
霜降り和牛のような上質な脂のコクを感じるが、びっくりするほど軽やかだ。
いいお肉は脂の融点が低くて食べやすいとか前世で聞いたことがあるけど、ドラゴン肉もそうなのかもしれない。
そして、この上質なお肉を彩るソースも秀逸だ。
いいお肉は塩だけで十分というが、こちらもなかなかいい味を出している。
酒とキノコを組み合わせたものだろうか?
風味が豊かで、肉の味を優しく包み込んで調和している。
「生きててよかった……!」
やがて口からこぼれたのは、生への感謝だった。
この世界に生まれ落ちて、はや数百年。
このために生きて来たのではないかと思えるほどの味だった。
感動のあまり、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「ララート様……?」
「おいしい……おいしいよぅ……!」
「そ、そんなにですか?」
「イルーシャも食べればわかる……!」
私はそう言うと、イルーシャに向かってグッとサムズアップをした。
……我ながら、これ以上ない笑顔をしていたと思う。
その表情に妙な迫力を感じたのか、イルーシャは一瞬たじろぐような仕草を見せたものの、ゆっくりとステーキを口に入れる。
「はうぁ……!!」
瞬間、イルーシャは天を仰いだ。
そして眼を閉じて、飴でも転がしているようにゆっくりと口の中のお肉を味わう。
その頬は赤く染まり、眼はとろんと蕩けてしまっている。
……この子、食べたものが美味しければ美味しいほどエッチくなるのか?
何というか、未成年にはあんまり見せられない感じだぞ!
「……おいしい。なんか、感覚が飛びますね……!」
しばらくして、ふわふわーっとした感じでそう告げるイルーシャ。
さっぱりとしたその顔は、どこか仏様のようなありがたい感じになっていた。
彼女の他に、ドラゴンステーキを食べたドワーフたちもみんな素晴らしく幸せそうな顔をしている。
笑顔溢れるその様子ときたら、さながら天国か何かのようだ。
学者として普段は落ち着いた雰囲気のモードンさんも、ちょっと下品なくらいの笑みを浮かべている。
「さてと、次は何を食べようかな?」
こうしてドラゴンステーキをすっかり満喫した私は、次なる料理へと手を伸ばそうとした。
ステーキにした部位以外にもドラゴン肉はまだまだ余っていたようで、今度は大きなお鍋と煮込み料理が出てくる。
うはー、ほんとドラゴン祭りだね!
あれだけ大きなドラゴンなのだから当然とはいえ、どれだけ食べてもなくならないのが素晴らしい。
「次はドラゴンのすね肉の煮込みです」
「いただきます! うーん!!」
よく煮込まれたお肉をスープと一緒に口へ運ぶ。
料理の方向性としては、ビーフシチューのような感じであろうか?
野菜やだしの旨味が感じられるスープと濃密な肉の旨味が最高だ。
ホロホロと崩れるお肉には少しゼラチン質の部分があり、先ほどのステーキとは全く味わいが違っている。
ああ、幸せだ。
こんな幸せを一度に味わってしまって、いいのだろうか?
そんなことを思っていると、イルーシャがすっとお皿を差し出してくる。
そこには、たっぷりと山盛りになったサラダがあった。
「お肉をたくさん食べたら、次はこれですよ」
「むむむ、イルーシャがお野菜魔人に戻ってる!」
「お野菜魔人とは何ですか! 私はララート様の健康を考えて、行動しているだけですよ!」
「大丈夫だって。いくらエルフだって、毎日野菜を食べなくても死なないって」
「そう言って甘やかすと、ララート様はほんとにお野菜食べませんからね」
「そ、そうかなぁ?」
ジトーっとこちらを見つめるイルーシャ。
私は笑って誤魔化すと、サラダの入ったお皿を手にすかさず距離を取った。
ふ、三十六計逃げるに如かずだよ!
私はドワーフたちの列に紛れると、そのままタタタッと広い謁見の間を走る。
すると――。
「おっとと!?」
危うく、近くの人に身体をぶつけそうになってしまった。
すぐさま謝ろうとして顔を上げると、そこに居たのはなんと王さまであった――。
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