第23話 ドワーフの食卓
「へえ、ここがモードンさんの家かぁ。なかなか立派じゃん」
「穴の中とは思えないですね」
モードンさんの家だという横穴は、穴の中層のかなり上部に位置していた。
入口こそ簡素な造りだったが、中に入ってみるとなかなかどうして立派なお屋敷である。
太い柱で支えられたアーチ型の天井は高く、石組の壁は漆喰のようなもので整えられている。
さらに床には簡素ながらも敷物が敷かれていて、なかなか暮らしやすそうだ。
変わり者扱いはされているが、やはり学者ということでそこそこの地位にはいるようだ。
「そこで待っててください。すぐに支度をしますから」
「はーい!」
こうして、家の様子を観察しながら待つことしばし。
やがて奥の台所から、モードンさんが大きな皿を持って現れた。
その姿を見た私たちは、たちまち目を丸くする。
「うわ、何それ!?」
「見たことないですね!」
皿の上に載っているのは、シイタケのような形をした茶色いキノコのソテーであった。
しかし、そのサイズ感がどうにもおかしい。
私やイルーシャの顔が、傘の内側にすっぽりと入ってしまいそうなぐらいである。
「これが、ドワーフの傘と言われるハイドラ茸ですよ。この国の名産です」
「なるほど、地下の国だからキノコ栽培が盛んなんだ」
「ええ。ささ、食べてみてください。辛いのでお気をつけて」
はてさて、いったいどんなお味なのか。
フォークとナイフでとっても肉厚な傘を切ると、中からじゅわーっと美味しそうなエキスが出てくる。
これはなかなか、期待が持てそうじゃないか。
そのままゆっくりとキノコを口に入れると、たちまち私はその味に圧倒される。
「うはーっ! これすごい、お肉みたいな食感と味だ! しかもこの味付けがまた最高だね!」
一口食べた途端、口いっぱいに広がる旨味の洪水。
それは植物というよりは、お肉に近いような動物的な感じであった。
そして、駆け抜けるピリッとした刺激。
単純な辛さの中にもしっかりとしたコクがあって、何とも良い。
たぶん、香辛料をそのまま使ったのではなく油漬けか何かにしたのだろう。
キノコに足りない脂の旨味が足されて、素材の良さを何倍にも引き立てている。
味付けの濃さは好みが分かれそうだが、こりゃ酒のつまみには最高だね!
ご飯が三杯は行ける、いや五杯は頑張れるかな?
「……あのお肉好きのララート様が、お肉以外を褒めている!?」
「いや、普通にそれ以外も食べるからね? 一番好きなのはお肉だけど」
「ほう? エルフの方なのに肉を食べられるんですか?」
「ま、ちょっとね」
そう言っている間に、今度はイルーシャがキノコを口に入れた。
すると、色白な彼女の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
「か、か、辛いです!!」
「あ、イルーシャは辛いの苦手だったんだ」
「水! お水を下さい!」
「あ、ちょっ! それは違うって!」
私が止めるのも聞かず、慌てて近くにあった飲み物を口に流し込むイルーシャ。
よほど辛いのが苦手なのだろう、もう必死である。
でもそれは、残念ながら水ではなく――。
「うっ!? エール!?」
そう、木のジョッキにたっぷりと注がれていたのはエールであった。
……まあ、ドワーフの食文化的には当然と言えば当然だろう。
三度の飯よりも酒が好きな種族が、食事のお供として水を出すはずがない。
料理の内容的にも、お酒が欲しくなる感じだし。
「はにゃあ……!」
エールを一気飲みしたことで、赤くなっていた顔がさらに赤くなったイルーシャ。
大して酒精の強くない酒なので、これで倒れたりはしないだろうけど……。
もともとほとんど酒を飲んだことのないイルーシャのことである。
もう、すっかり酔っぱらってしまっていた。
「ララート様ぁ? 眼が、眼がぐるぐるしますぅ……」
「あー、もう完全に出来上がっちゃって」
「これが酔っ払いって奴ですかぁ? なかなか、いい気分ですねぇ!」
「あ! これ以上飲んだらダメだって!」
私のジョッキを手にしようとしたイルーシャを急いで止めた。
すると彼女は、むむっと口を尖らせる。
「何で意地悪するんですかぁ! ララート様ぁ!」
「いっつもあれだけ飲み過ぎるなって言ってるのに、自分が酔っ払ってたら世話ないよ」
「酔っぱらってなんかいませーん! ねーフェル?」
イルーシャは傍にいたフェルを抱きかかえると、すかさずその毛皮に頬ずりをした。
するとたちまち、フェルの顔が困ったように歪んだ。
どうやら、イルーシャの息が相当に酒臭いらしい。
「わうぅ……」
「なんですかぁ、フェルまで! ララート様の見方をするんですか?」
「わう、わうう」
「そうじゃない? ですよね、面倒を見てるのは私ですもんね!」
そういうと、さらにむぎゅーッと強くフェルの身体を抱きかかえるイルーシャ。
まったく、ひどい絡み酒もあったものである。
彼女はそのまま、フェルに向かってあれやこれやと不満をぶちまけ始める。
「ララート様にはほんとに困りましたよぉ! フェルのお世話からアイテムボックスの整理までぜーんぶ私にやらせて! それで自分は毎日お昼まで寝てるんですよ! 何でエルフなのにあんなに朝に弱いんですか! ヴァンパイアですか! そのくせ、夜は日が暮れたらさっさと寝ちゃうんですよ! ほんとにどーなっているんだか……」
すごい勢いで、次から次へと不満が出るわ出るわ。
……イルーシャのやつ、そんなに私への不平不満を溜め込んでいたのか。
うん、睡眠時間は削れないけれどフェルのブラッシングぐらいは今度するか。
現在進行形で渋い顔をしているフェルがちょっとかわいそうだし。
それはそれとして、世紀の天才大魔導師である師匠への尊敬が足りないと思うけど。
これは後で修業時間を増やしておこう、イルーシャが苦手な火魔法の実技も追加だ。
ふふふ、この国から帰ったら たっぷりと絞ってやらないとねえ……。
「まあまあ、イルーシャさんもそのぐらいにしましょう。あなた、だいぶ酔ってますよ」
「だから酔ってませんってぇ!」
「酔ってない人ほど、酔ってないって言うんですよ」
そう言うと、モードンさんはイルーシャの方をゆっくりと抱きかかえた。
そして、隣の部屋にあるベッドへと連れていく。
有無を言わせず身体を寝かしつけてしまうその手際の良さは、ずいぶんと場慣れしているようだ。
「へえ、ずいぶんと酔っ払いの扱いに慣れてるね」
「この国じゃ、ああいう人が出るのはしょっちゅうですから」
「あー、ドワーフはお酒大好きだもんね」
「ええ。祭りの日なんて、そこら中に酔っ払いが転がってますよ」
肩をすくめて、やれやれと苦笑するモードンさん。
それはなかなかの地獄絵図である。
ま、デスマーチのたびに床で寝転がる人がいた前世の会社よりはマシか。
「……ささ、飲み直しましょう。このエールは極上ですぞ」
「どれどれ」
勧められるがまま、ジョッキに入っていたエールを喉に流し込む。
――ゴクゴクゴクッ!
おー、これは思った以上に良いね!
とてもよく冷えているうえに、炭酸が強くてキレが良い。
料理の味に合わせているのだろうか、口の中をさっぱりとさせてくれる感じだ。
そのすがすがしい清涼感は、何物にも代えがたい。
「ぷっはあ! 流石はドワーフの国! こんないいエールは初めてだよ!」
「そうでしょうとも! 二杯目は飲みますか?」
「もちろん!」
これはもう、飲むっきゃないでしょ!
すっかりご機嫌になった私は、すぐさまジョッキをモードンさんに手渡した。
たちまち、金属製の水筒のような容器からトクトクと心地よい音ともにエールが注がれる。
きめの細かい泡、透明感のある金色の液体。
見ているだけでよだれが出てきそうだ。
「どうぞ」
「ん!」
待ちきれないとばかりにジョッキを傾け、再びエールを口に入れる。
身体全体を駆け抜ける酒精が、もうたまらない。
頬っぺたがカッと熱くなる。
「おいしい! 優勝だぁ!」
「そうまで喜んでもらえると、用意した甲斐がありますよ」
「こんないいお酒、飲ませてもらってありがたいよ。でもさ」
「でも?」
「これ、魔石の粉末が入ってるよね? 魔力の巡りがちょっとおかしい」
私がそう指摘すると、たちまちモードンさんの表情が凍り付くのだった。
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