コース:お店には内緒ですよ?2
結芽の安否を確認するために連絡をしたが、一切の返信どころか既読もつかない。
それが余計に純寧を不安にさせ、また癒し処【リリートリア】スタッフの心境をかき乱すことに。
(結芽さん、大丈夫なのかな……)
客引で外に立っていた純寧は、ひっそりとスマホをポケットから取りだす。
通知はなく、無情にも現在の時刻だけを表示する。
そんな純寧の様子は、癒し処【リリートリア】スタッフだけでなく、同じように客引する人達にも影響を及ぼしていた。
オフィスビルが多い中、居酒屋といった飲食店も混在している。
だから昼はオフィス街で、夜は飲み屋街という二面性を有していた。
それもあって飲食店勤めの人からすれば顔見知りが多く、路上で客引をしながらも雑談をする程度の仲ではいる。
職種は違えど、癒し処【リリートリア】のスタッフも仲良くさせてもらっていた。
だから近隣で働く住人からすれば、純寧という存在は認知されている。
とはいえ誰かと会話するようなことはなく、精々が通りすがり際に挨拶を交わすくらい。
活気づく夜の時間帯からすれば、同性異性と関係なく目をひくも、安易に近づこうというよりも見守る姿勢。
ちょっとした、神聖的な存在として扱われていた。
ただ、それを当の純寧を知る由もない。
ここ最近は結芽の安否を心配し、ようやく連絡をすることができたかと思えば、返信どころか既読がつかない状況。
それが一日、二日であれば返ってくれば早い方だろう。
気づけば一週間以上と経ち、純寧を不安にさせ、雰囲気にもでてしまっていた。
まるで雨に濡れた子犬かのように、そこに立っているだけで周囲を不安にさせる。
チラホラと声をかけるべきかと、警戒をさせないために同性の何人かが話し合い。少しでも元気づけたいと考える異性は、これでもかと明るい雰囲気で賑やかせていた。
「……時間か」
周囲が純寧を気遣う中、スマホのアラームが退勤時刻を告げる。
短く吐いた溜息が、周囲の空気をどこか重くさせていく。
(……初めて会った時も、この辺だったよな)
縋るような目線で周囲を眺め、純寧は今日も結芽に逢えなかったことにお店へと戻ろうとした。
「―――――――――――――」
「……?」
夜の賑わいが姿を見せつつある雑踏から、純寧は聞き慣れた声に脚を止めた。
(……結芽さん?)
だが時刻は帰宅ラッシュというのもあって、人の流れが駅の方へと向かっている。見渡す限りにスーツ姿の会社員が多く、チラホラとではあるが私服姿も目につく。
急に脚を止めた純寧の異変に、見守っていた居酒屋の客引達も騒めきだす。
一人ひとりの顔を確認できなくとも、純寧は通り過ぎる人達に視線を向ける。
どこか強引な客引のような仕草に、迷惑そうに避ける会社員が多かった。それでも純寧は諦めず、視界の先に空を見あげる一人の女性に目が留まる。
「結芽さん!!」
いつもの純寧であれば注目を浴びるような行為はしない。
だけど今は、自身ですら驚くほどの声量で叫んでいる。
これが勘違いであれば恥ずかしいだろうが、純寧の中では確信があった。
「えっ……」
純寧の声に、結芽が不思議そうに周囲を見渡す。
「よかった、無事だったんですね!!」
「あ、純寧さん!?」
あまりの嬉しさに駆けだしていた純寧を、結芽は支える形で抱き締めた。
「よかった、よかった! よかったですッ! あれから連絡付かないし、お店にも顔をだしてくれないから」
「え、え? ご、ごめんなさい……」
困惑を隠せない結芽は力なく純寧を宥めながら、鞄からスマホを取りだす。
「あ~連絡が着てる」
抱き着く純寧の背中を優しく叩き、結芽は深々と謝るように項垂れた。
「久しぶりです、純寧さん」
「はい、お元気そうで何よりです」
ギュッと純寧は結芽の手を握った。
屈託のない笑みを純寧から向けられ、結芽はぎこちなく口角をあげる。
「あ、あの……お仕事中では?」
周囲からの視線に耐えられないのか、純寧と視線を合わせようとしない。
それもそのはずで、落ち込む純寧の姿を見守ってきた人達がいる。通り過ぎ際の、何事かと怪訝そうな視線も多い。
ただでさえ目をひく容姿の純寧が、大きな声を張ってまで呼び止め――抱き着いている。
しかも興奮した様子で仕事中であることを忘れ、紫紺色の瞳を爛々と輝かせていた。
(何だろう、少しお疲れの様子かな? ああ、仕事終わりだから……)
結芽が無事という事実だけが、純寧の我を忘れさせていく。
「えっと、あの……」
色々と純寧は話したい。
だけど、どう切りだすべきかと上手い言葉が見つからない。
「結芽――」
「純寧さん……」
とりあえず何でもいいやと、純寧は明るく声をかけようとした。
だがみれば、結芽は両目尻に大粒の涙を溜めている。
冷や水を浴びせられる感覚で結芽と向かい合い、純寧は握っていた手に力を込めた。
「ゆ、結芽さん……場所、変えましょう……」
「ご、ごめん……なんか、急に……」
無意識だったのか、結芽も袖で目元を拭う。
そんな結芽に純寧はハンカチを手渡し、導くように癒し処【リリートリア】へと案内する。
そのやり取りに、しばらくその場の空気が静寂を保ったままだった。
受付にいたスタッフに事情を話し、純寧は結芽を空いていた個室のソファに座らせる。
「あ、あの、落ち着きましたか……」
「う、うん。なんかごめんなさい」
「大丈夫ですよ。……何か飲みますか?」
「えっと……」
少しずつ落ち着き始めた結芽は、困惑した様子で視線を彷徨わせる。
「あ、気にしないで下さい。お店側には事情を話してますから」
それに気づいてフォローを入れると、結芽は鼻を啜った。
「……とりあえず温かいので」
「はい」
気恥ずかしいのか目元を隠す結芽に、純寧は微笑むように飲み物を用意しに向かった。
「それでどうかしたんですか?」
施術が行われるソファに結芽が座り、純寧は小さい丸椅子に腰かける。お互いに膝を向き合わせる形で一息つく。
喉を鳴らした結芽は、グラスをサイドデスクに置いた。
「その前に、その節はご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる結芽に、純寧は声音を潜めて両手を振る。
「ご迷惑だなんて、私の方こそいい経験になりましたから」
「い、いい経験……」
どこか遠くを眺めるように笑みを浮かべ、結芽は肩を落とした。
「なんか心配かけたみたいで、連絡の方も……」
手にしたスマホを起動させて、トークアプリを立ちあげる。
純寧からの詳細が記され、丁寧な文面からヒシヒシと思いが滲みでていた。それは当人が持ち合わせる良さなのか、不安にさせてしまっていたことを後悔させられる。
「けどこうして無事だったので良かったです」
「……純寧さんは変わらないですね」
向けられる笑みに、結芽は片頬をかく。
「まあ他にも色々とありまして……」
「聞かせてください」
言いづらそうにする結芽に、純寧は嫌な顔一つ浮かべなかった。
それから結芽の身に起きた話を聞き、純寧の心中はジェットコースター。
「それで今は……」
「近くのビジネスホテルに……」
恥ずかしそうに笑ってみせた結芽だが、聞いた話から仕事のミスもあるだろう。
「けど心配しないで下さい。明日にでも新しい住居を――」
「ウチに来ませんか」
「え……」
気づけば、純寧の口から結芽を誘っていた。
(別に部屋は……)
驚く結芽を正面に、純寧は椅子から立ちあがる。
「結芽さん、荷物を取りに行きましょう」
「い、いいんですか」
既に退勤時刻を過ぎていたが、結芽の話を聞くため着替えを後にしていた。
「はい、大丈夫です。家族とは……別々に暮らしてるって感じなので」
「……そ、そう」
何か物言いたげな結芽を残して、純寧は着替えをするためスタッフルームに向かった。




