第7話 家主になるためには?
あとは寝たい、とクルスが思った矢先に連絡板が光った。
「……なんやぁ?」
腹いっぱいになったので、あとは寝たいだけだと思っていたのに……と連絡板を読んだ後では、頭を切り替えた。
【管理者からの指令。満足に寝たいのならば、外の『お風呂』で身を清めるべし】
あのふかふかのふわふわ布団で寝るための……であれば致し方ない。湯で身なりを整えるのは意味がわからないが、汚れたまま寝ては良くないのは流石に理解した。
「えーっと、畑の向こう側??」
用意すべき物のリストも書いてあったので、それ通りに着替えと布を布袋に入れていく。この布袋は麻で出来ていないのに、色合いも鮮やかで上等だったが……これしか見つからなかったので、持ち運び用に使うことにした。
ざっくり見た地図の通りに目的地へ向かえば、そこは小さな小屋だった。
「……水浴び場?」
にしては、造りがしっかりしているような?と思って、奥の特殊なガラス板の扉を開ければ……もくもくする湯気の暖かさに、クルスは違うことを理解した。
「湯浴み!? 何年ぶりやろ!!」
野営の遠征では、湯を布に含ませて泥を落とした程度。それが山ほどあると分かれば、この小屋が着替え場所なのだろう。躊躇いなく脱ぎ捨てて、中へ入っていけば……湯の泉とも言える素晴らしい景色が広がっていたのだった。
「こりゃ、堪らん!! けんど、せっかくやし」
一度きりでないのだから、と泉とは反対側に広くなっているところへ向かう。鏡、木製の低い椅子と小さな桶に蛇口。あとは石鹸ではない香油の瓶が幾つか。
管理者からの指示を受けたので、清め方も自然と頭に入ってきた。
なら、手どころか全部を洗い流せばいいのだ。香油を蛇口の湯で満たした桶に少し滴らせば、混ぜていくと贅沢な泡が出来上がる。ゴシゴシと全身を洗って黒ずんで行く泡を、今度は湯だけの桶でザバッとかけていく。
「っかー!? こりゃ、スッキリするわー!!」
贅を尽くした、王侯貴族だったら普通だろうが。薪が勿体無い村人程度じゃ、湯は『売るもの』と認識が強いので贅沢品だ。
食事のスープも同じく贅沢品。それを、この宝物で出来た家や小屋はクルスにすべて与えてくれていたのだ。ずっとをここで過ごしたい気分はあったが、管理するのはクルスだけではない。
見張られてはいても、こちらをぞんざいに扱わない分、『目的』があるかもしれない。であれば、まずはそこに従おうと決めた。その最たるは、全身で湯の泉に身体を浸したあとだ。思考が溶けるほどに気持ちがいいので、今後への緊張などがどうでもよくなってしまった。
「溶けるぅ。気持ちえぇわぁ。……俺だけ、今」
完全に沈む前に、縁へもたれかかり。溺れないように気をつけてから、ゆっくりと温まった。上がってからの、風邪を引かないための指示が来るのを知った時は意味がわからないでいたものの……今は激動からの休息をのんびりと楽しむことにした。
この箱庭のような、宝物の庭はしばらく外界から切り離されていることも、まだ知らないでいても……だった。




