第55話 覚悟が足りない
成樹はそれなりに、『覚悟』をしていたつもりだったのに。
いざという時になにも役に立たないのが、自分だから余計に腹立たしかった。それはただの言い訳でしかない。好きな相手とデートに出られて浮かれるくらい、罰当たりしてもいいとは思っていた矢先のことだ。
藍葉の感情が、症状かなにかで過敏になったと医師の診断ではあったが。
成樹とかけつけてくれた美晴はそんな生易しい症状でないのはわかっていた。表向きは繕った態度を取ったが、服薬した薬で眠いと船を漕いでいた藍葉を自宅に送ることを優先し、ベッドに寝かせたあと成樹はすぐに帰らなかった。
帰りたくなかったのだ。
「……向こうの『リーナ』になんかあったんじゃろか」
「俺のとこに、パスは届いとらん。けど、その可能性は高いな」
「『クルス』と接触したんは、あっちが許したらしい」
「せやったら、藍葉なら喜ぶやろうな。好きな相手と交流していいって許可もらえたら」
美晴にもファームの仕組みはだいたい伝えてあるため、成樹と藍葉が実はお互いのアバターを模した『存在』でポイ活をしているとは知らないのは藍葉くらいだ。ほかのモニターにも安全確認は取ったが、特に問題なく生活できているとチャットで礼を言われたくらいだ。
だから、問題なのは藍葉と成樹だけ。
宝の種を植えた、という事実をあちらが知っているはずなのに、なにか不具合でも起きたのか。確認しようにも、いつものチャット感覚で『リーナ』と話せるか少し不安だった。だが今は、藍葉のためにもやるしかない。
スマホの方でデバイスとの連携が取れるようにはしているので、すぐに連絡を送ったが。こちらの藍葉と同じ状況ではなく、『クルス』のファームでなぜか在籍していたアイコンが映っただけ。これだと、藍葉の連絡版にしてあるチャットを使わねば難しい。美晴にもやめとけのサインをされたので、仕方なく閉じた。
「……ファームでなにかあったかにしろ。『リーナ』と藍葉のリンクが強くなっている可能性が高い。ポイ活の化けの皮も剥がれそうじゃ」
「ほかのモニターたち、大概は『寝て』るからなあ? 奈月んとこは手術始まったんやろ?」
「……ああ。ってことは、シェルターの開発もだいぶ進んだってことじゃな」
才能ある者らを生かすため。
次に才能を見つける者は、輪廻の輪を巡ることで新たに見つけていく。
絵空事ではない、『神』と『並行世界』との契約行為でしかないが。
あの『ハル神』を通じて、並行世界をいくつも切り盛りしている『加東奈月』の方がこちらの予想をはるかに上回るくらいの激務を自分に課しているのだ。ただただ、基礎をつくっただけの成樹らがのんびりと生活してるわけではない。
藍葉が今回倒れたことで、並行世界とファームの世界の間に『大きなズレ』が生じたのだ。
夢と現実が同じでなくなるように。現実が夢と同化しているような錯覚に陥ったのだ。
その素質を幼い頃から所有していた藍葉には、病名だとつくものがあれど……それは役割に必要な現実との隠れ蓑。
今はただ寝ているだろうが、夢を通じて『リーナ』たちのファームを観察しているのかもしれない。とはいえ、それは『間』として覗き込む程度しかこちらには許されていないのだ。自分たちはあくまで、『クルス』や『リーナ』たちの別次元での彼らと同じ存在。
こちらはこちらで、対処しなくてはならないことが多い。星規模の災害対策に、何十年かけても間に合わないのは仕方がないのだが。少しでも、役割を残せる者が生き残らねば、次の星の循環を促せない。
成樹とて、『ハル神』以外に『加東奈月』らにそれを依頼されただけの人間だ。役割があるようで薄い。
しかし、見守るために必要な相手とようやく再開出来たからには、地球に残るためにも開発の手助けとなる資金はまた多く集まったのがあのバグだ。支援側がおそらく、バグに見せかけて並行世界側にも増援したのかもしれない。
(じゃったら、俺が先に『寝る』前に藍葉にも託さなあかんか)
『加東奈月』がコールドスリープにて寝たあとの、地球への災害対策についてだいたいの世界予測は成り立っている。そこに、成樹らも加わるので意識だけをAIの中に溶け込ませる計画も順当に進んでいるのなら。
最後の最後に迎えに行くと約束して、藍葉にはその日が来るまで一度寝ておいた方がいいかもしれないと思ったが。
その予想が始まったのか、藍葉はその日からうつらうつらするようにしてしばらく寝たままになった。これには、美晴と話し合って総合病院じゃない大学病院へ彼女を連れて行くことにした。
次回はまた明日〜




