第54話 『ナツ』のひとつ
それはエピソードのひとつかもしれない。
ただの語り口かもしれない。
引く手数多、揃う揃ういくつもの道しるべ。
異なる次元の。
異なる道筋の。
多くの世界との境界線は、ひとつの糸雫ほどに存在していると誰も知らない。
その道を踏み外す者を、『神』なり『人外』なりと呼ぶのは好き勝手で構わないが。
世界の構成。
死者を己の欲だけで甦りなど。
してはならない。あってはならない。
その道を違えれば、罰を受けるのは望んだ者自身である。
『人』でも『神』でもなんであれ、等しくおなじく。
『それが長年神に居ろうがなかろうが、関係なく……か』
ハル神は藍葉の意識が異世界ファームへ完全に入り込まないように、障害物となっていた。出来るだけ並行世界側の兄だとばれないように、そっと寄り添うだけにとどめ……ただただあちらでクルスたちはがんばっているのだと伝える程度に。
『まさか、さらに意欲的になるって……根本的に『リーナ』と変わらんな? そこは』
落ち込み、塞ぎがちにはなるものの。好意的になった相手への恩はとことん善意で返したい。その気持ちはクルスにもあるようだが、まだぎこちなさが抜けない。それは成樹のとこもほとんど同じ。
『隠しても変わらんが。『加東奈月』の意識どこにいんだよ!? 俺の『ナツ』を育ててるはずなのに……どこにもいねぇ』
あちらの現実側で『加東奈月』は外科の中でも大手術中でそろそろ意識が昏睡状態に入る手前。
なら、ハル神のように並行世界を夢空間などで繋げてしまうことも可能になるはず。そうすれば、ハル神との連携も取れ、外界側の宇宙空間では星の輪廻が始まっていることも世間に知れ渡るはずなのに。
まだかまだかと探し続けても……この程度でしかないのか。
排出すべき、輪廻の灰汁が多過ぎて彼女自身もまだくぐっていないとなれば。
ハル神はまだこの異世界ファームを支える礎に居なければならないということ。
『……めんど。まだ耐えなきゃいかんのがめんど!! けど……妹とか弟とかのためでもあんだ。しっかりやり遂げるぜ!』
となれば、金貨の幻惑ならぬ『ポイント還元』のバグ修正くらいは手伝ってやろう。向こうの美晴が飛び出したままなので、こっちへの影響はほとんど変わっていないのだから。
次に必要な『任務』『必要資源』などのふり幅を大きめに設定することは、ハル神からでも可能だったので、あとで向こうが修正しやすい位置に広げたら……ぴたっと言う具合に止まった。金貨の雨が落ち着けば、今度降るのはまた雪の華だったが。
『……この雪が。向こうでも降ったら、そっちの本番だ』
天災から起こり得る星の輪廻。地球そのものが一度死滅して再生する瞬間を、どの並行世界も伸ばしてはならない。
そうすると、完全にどの並行であれ『ゼロからのスタート』になってしまうからだ。何万年も組み立ててきた『リラクゼーション計画』は、神の位置に属する『ハル神』以外に人間側では『加東奈月』を中心に動いていることを人類らが知るにはまだ早い。
早いが、ハル神が相対となる『ナツ神』を見つけねば、人理修復も難しいのに。藍葉にも影響が出始めたとなれば、個性の強い『人間の脳周波』とやらもそろそろ限界のはず。
『どこに、いんだよ。ナツ』
異世界ファーム越しにつぶやいても、答えはリーナからも誰からも届いてくることはなかった。
次回はまた明日〜




