第52話 求むのは自分だけじゃない
少し生意気な子どもの癇癪。
に近い、口づけのようなものをもらってしまったが。正直言って、嫌だと感じなかったのがクルスの中では不思議でしかない。娼婦を買ったことも一度や二度じゃないが、自分を身請けしてほしいような強請りが出てきたときは気色悪いと感じていたのに。
リーナのあれには、拒絶したい感情は出てこなかった。
純真で、無垢で。
他人を気遣うことも忘れないが、自分の意見はきちんというまっすぐなところは……どちらかと言えば、割と気に入っていたと思う。それを受け入れてもらえないと思ったのか、あんなやり逃げに近い方法で自分から引いていった。
すぐに行ける距離だが、クルスも少し頭を冷やそうと玄関の入り口で腰かけてみる。まだ金貨の幻影はそのままだが、むしろ色と形違いの雨のように見えていたので気にしないことにした。
「……えぇ? 下手すると、生娘の子やろ? もらってええん?」
娼婦とかと違い、誘い方も逃げ方も……どっちかと言えば、経験がほとんどないそれに見えた。この年で娘のそれを捨てていない女をもらうなど、カミさんのつもりで引き取らないといけないと思うくらいだ。
クルスは王国に宝物を託され、似たようにしてリーナもあの敷地を作らされたとくれば。
性格の方は気が合うし、炊き出しのときもなんだかんだで手伝ってくれていた。あの列捌きは商人の家かなにかで養ったにしても、手際が良かった。次回も手伝ってほしいと思うくらいに。
それが、単に境遇の似た仲間なのか。それ以上の関係になりたいのか。
リーナとしては後者だが、クルスはまだ前者が強い。下手に失敗して、娼婦みたいな売春を買うことなんてしたくなかった。あんな身綺麗な娘には、幸せにしてもらえる家庭を持つ方がずっといい。
それを、もう。国の歩兵程度でしかなかったクルスが求めていいかなんて……決めていいのかを悩んでしまうのだ。今。隣近所の距離で、これから炊き出しでも出会うのなら気まずくはなりたくない。
ただでさえ、気を許しながらも頼りにしている相手だからこそ。
「……まあ。妹には変だし、恋人……ってもんになってもええんか?」
クルスは汚い恋愛をしてきたつもりはないが、娼婦を買うことで欲のはけ口は別にしてきた。恋人をつくれば、雑用も多い歩兵の仕事ばかりではほったらかししまくりで同僚らがよく振られていたから……当時は面倒だと思っていたので。
しかし、今はその障害物がほとんどない。関所を出れば別だが……あとは『家庭』が用意されている。リーナの気持ちがもうなくなっていたとしても、まだやりなおせる機会を管理者たちがいじっていたとしたら……もうそれは、『用意してた』ことになるのだろう。
であれば、少し待ってから炊き出しでもするかと思ったが……寒い以外に変な座り方をしていたせいもあって動けず。そのタイミングでリーナが何か食べ物を持って来てくれた。……しかも、きちんと謝罪するいい女だと再認識できたため、まだ脈は残ったままだとほっと出来る。
(ほっと……? 俺、自分で焚きつけたのにショック受けてたん??)
わざわざ料理を作って戻ってくるのは予想してなかったにしても、玄関で動けなくなるくらい心の中に空洞みたいな穴が開いていたのか。それを、謝罪以外にも今食べている美味い飯のお陰で……徐々に消えつつあるのも感じた。
やはり、管理者の誘導もあって……敷地の方もお互い仕組まれていたのかもしれない。
「クーちゃん。おかわりいる?」
小首を傾げる動作が可愛いと思っていると、そのしぐさを大昔にどこかで見たような気がしたがなかなかすぐに思い出せず。とりあえず、腹はまだ食事を欲していたのでスープのおかわりなどはひと通り食べることにした。
次回はまた明日〜




