第50話 くすぐったい距離
わざわざ、ゆっくりと歩幅をそろえてくれる成樹の隣が心地いいと思ってしまう距離。
くすぐったいのは今更だ。数時間前の穴埋めでもしてくれるかのように、彼の気遣いはまだ二十歳程度の藍葉にだってよくわかるくらい優しくてあたたかい。
ただの幼馴染みとしての埋め直しなのか。
この距離を、男女として埋め直していいのか。
ただ単に、上司と部下としての交流にしては不思議な感じだ。それなので、慎重になるのも仕方がないし買い食いをおごってもらうのも、少し憚れた気持ちになってしまう。ベンチにも先に座らせてもらったし、杖を置いてから今川焼を差し出すタイミングもいい。
彼氏が彼女へ気遣いするそれにも近い眼差しがまぶしく見えても、ふたりはそんな大層な関係じゃない。デートだと言われても、ただ出かけたい名目だったと後ろめたさが強いから。
疑ったのは、藍葉だから。
傷ついて逃げたのも、十年くらい前と同じ。
なのに、成樹は今度逃げもせずに藍葉の心の濁りを溶かしてくれた。それだけでも、彼らしい償いにしては十分なのに、もっと欲しくなってしまう。いつから、こんな浅ましい感情を持つ女になったのだろう。
「気にせんとええよ」
なかなか食べない藍葉にかける言葉にしては、見透かした言葉だった。振り返れば、既に自分のを食べ始めていたのか口がもごもごと動いていた。
「……怒って、ないの?」
「…………さっきも言うたじゃろ? 怖い思いさせたんはこっち。藍葉は自分なりにちゃんと対処したかったんじゃろ?」
「……でも、またおでかけさせてもらって」
「俺が藍葉と回りたかった……の、口実だけじゃだめなん?」
「こーじつ?」
「そ。ただの口実」
その言葉に、期待するなうぬぼれるなと心が騒めく。
傷は閉じていたつもりだっが、継ぎ接ぎだったかでどんどん不安があふれ出してきたのだ。この人を好きになってはいけない。迷惑だろう。自分はずっと子どもだから。その呪いじみた感情をぶつけては、優しく受け止めてくれる成樹に大迷惑で済まない事態になりかねない。
『あたしが、泣きたい!!』
どこかから、自分と似た声で自分でない叫びが聞こえた気がする。手にしていた今川焼を落としそうなくらい力が抜けたが、びっくりした成樹が間一髪でキャッチしてくれ……前に倒れそうだった藍葉の肩も支えてくれていた。
「藍葉? どした??」
「……声、が」
「声? 俺しゃべってないんじゃが」
「違う。……女の子の声」
泣いて泣いて苦しんで。家具に八つ当たりしていた記憶は過去の藍葉にも当然ある。
だけど、今もまだ聞こえてくる声はまくらとかに顔を埋めてすすり泣くような大人の女性に近い声だった。
傷つけるつもりはなかったのに、傷をつけるに近い行為を成樹にさせてしまった十年前の藍葉と同じ気持ち。心が痛くて、張り裂けそうで、すぐにでも死んでいなくなりたいという押し込めていたあの感情の渦たち。
それを一気に開いたタイミングが今だったせいがあるにしても、まだ泣き続ける声は藍葉なのか『誰か』なのか。わからないまま、成樹の呼びかけに答えられないまま寄りかかるしか出来ない。
「藍葉!? おい、藍葉!!」
「……ゲ、く」
「痛いんか? 脚か? 別んとこか??」
「胸……く、るし」
「……しゃーないけど。医務室行こ。デートはいくらでもやり直し利くから!!」
最後の言葉が嬉しく思うも、藍葉の意識がそこで途絶えてしまい、痛みは感じなくなったが眠ることで意識を蕩けさすことしか……聞こえる声が落ち着くまでの手助けにならないと思った。
まだずっと泣いているあの声は、どこかの自分。
幻想夢想とか、薬で抑えれるようにそう言えば処方されていたんだなと最近調整していたので、服薬を忘れていたのを思い出した。
次回はまた明日〜




