第37話 詐欺ではない
受け取っていいのか、流石に藍葉でも悩み出した。
兄が連れ立って、目の前の男性が『熊野成樹』というのはきちんと紹介され直してもらった。数回でも家に来てもらったし、足のことも気遣う姿勢や親しみ易さはにじみ出ていたのもわかる。
だけど、世の中は数年で人すらも大きく変わる激動のネット社会。身内であれ、巻き込むのに手段を選ばないなどと……言い方を変えれば犯罪集団に兄が巻き込まれた可能性もゼロではないのだ。
そこに、成樹『だった』存在として今デートしているのも……似たような人物を送られただけで、別人かもしれない。
だから、腰を折って頼み込むような姿勢をしている彼には確かめなくてはいけないのだ。
「……熊野成樹さん」
「あ……はい?」
「……今更で失礼ですけど。本当にご本人ですか??」
不躾だが、まだ車は発進していないから逃げれなくもない。スマホはこちらに返してもらったから通報も出来る。そう踏んで、態と丁寧口調で質問していくことにした。
「! 20△△年10月15日生まれ、三十歳です!!」
「……うちの兄の名前はちゃんと分かりますか?」
「小鳥遊美晴さん」
「私は?」
「小鳥遊藍葉さん」
「……足が悪いのはどっちの足だと」
「右のかかと」
「何故?」
「生まれつき損傷があり、リハビリで軽減は出来てる……は美晴さんに聞いてます」
言い淀むか。目が揺らいでいないか。などと、にわかの知識ではあれど、コミュニケーション能力が下手であれ、聞かない上で後悔はしたくない。
今までの、軽いものからいじめに近い差別で相手の信用を多く喪ってきたのだから……成樹にはそうであって欲しくなかった。だから、少しずつ涙声になりながらも尋問のようなやり取りを続けた。
「……この間。我が家で食べたご飯は?」
「二度揚げの鳥の唐揚げ定食。大変美味しかったです」
最後に、つい先日の出来事でも食べたものを聞けた時。目の前の成樹は苦笑いより少し泣きそうになっていた。相手の同情をするとかの演技ではなく、藍葉が少し嗚咽混じりの尋問になっていたから……もらい泣きしそうなのか。
だったらもう、直接聞こうと藍葉も頭を下げた。
「……ごめんなさい。詐欺だと、結構疑ったの。そんな仔細な情報……にいちゃんと仲良くしている人でも限られているから」
「…………ええよ。聞きにくいことじゃ。言う相手が俺で良かった」
「…………ごめんなさい」
そこからは感情任せに、嗚咽が始まり……涙と鼻水が止まらなかった。成樹は軽く頭を撫でてくれてから、座席にあるティシュを箱ごと手渡した。
「言いにくいことを言える大人にもなれたんじゃ。まだ学生な分、上の俺らには甘えんしゃい。今日はよう頑張った」
「……シゲ、くん。怒ら……ないの?」
「逆じゃろ。若い子にそんな思いさせた……俺ら中堅地位の連中にも非がある。上が築いてきたことの反面教師になり過ぎていたんよ。俺こそ反省じゃ」
「……よかった」
時々感情が爆発して感情的になることも多かった藍葉だったが、相手にうまく伝わっていたようでほっとした。泣き止んで、備え付けのゴミ箱いっぱいになったのを見たら、次をどうするかと成樹に聞いたら。
「そじゃな。出かける気分がまだ残っとるんなら、最初から予定してたとこ行く。じゃなきゃ……美晴起こして、うち来るか? 在宅ワークしとるから、機材は半分くらいうちにあるんじゃよ」
「お家? 行っていいの?」
「おん。詫びも兼ねてるし、そのシステム変動はあいつもいっしょに見んとの」
「……じゃ、お邪魔します」
「飲みもんはうちのでええけど、菓子とか平気か?」
「うん、大丈夫」
「だったら、美晴起こすのだけは頼んだ。車動かすから」
「はーい」
切り返しの早さで雰囲気は落ち着いたが。幼馴染みとしての修復への一歩には大きく足を運ぶことが出来たのだった。
次回はまた明日〜




