第32話 あの隣人は楽しい
リーナは自分の拠点へ戻ってから、すぐに露天風呂へと足を運ぶ。
久しぶりの長距離外出だった為、あの炊き出しを食べても帰宅すれば肌寒い思いをするのも当然。ただ、念入りに髪の手入れをするのは気分がいいせいか。
十日以上間は空いたが、久しぶりに他人と関われて嬉しかった。まさか、『彼』に会えるとは思ってもみなかったが。
「んふふ〜? まさか、『クーちゃん』に会えるだなんて! 運命? 運命だよね!!」
『リーナ』は少し特殊な状況下にいた為、『クルス』の情報が流浪からの開拓民だけでないことを知っている。
『王の妹』。
さらには『神託を受ける巫女姫』としての力があり……『ハル神』との交信をつい最近まで受けていたのだ。
探せるまで、待て。
まずは受け入れ先をひとつ作れ。
この開拓が終わったら、それ相応の『最愛』と会わせてやろう。
国を守れず、逃げろと追いやられ……絶望の淵に立っていたはずなのに。
『クルス』が本当にいたことで、偽りから本物へと希望を見出せることが出来た。
遠い遠い昔に、巫女姫の任が嫌になって抜け出した時に……たった一度だけでも遊んでくれた少年があそこにいた。彼はきっと覚えていないだろうが、『リーナ』の意識はハル神の裏側と思っていい。
創造神が、自身の最愛を見つけるまでの……魂の髄を宿す人型。
その役割はあと少しだが、リーナもリーナでクルスを見つけたことで『余生』ではなく、『未来の人生』を歩む時が来たのだ。
終わりはいずれ迎えるにしても、ひとつの区切りで一転した人生はこれで大丈夫。ハル神がリーナとの交信をしばらく途絶えていると言うことは、リーナはリーナでクルスとの時間を存分に使っていいことに違いない。
「何作ってあげよっかなー? こっちの『マスター』が色々連絡してくれてるけど……テイショク? コース?? クーちゃんのためにも美味しいご飯は作ってあげたいな!!」
だがしかし。あちらのマスターが『藍葉』とくれば話は別。リーナの周辺を管理してくれている『マスター』こと成樹からの情報が少ないので……クルスほど美味しいご飯を作れるか怪しい。
あの炊き出しで充分過ぎるほどの料理スキルを目の当たりしたのだ。次の炊き出しは共同で頑張ろうと約束はしたが、何をどう作って良いのやらが巫女姫の仕事にもなかったので……正直言ってわからない。
だが、民衆らを追いやってしまったのも王家の罪だ。出来うる限りの食事で少しでも気力を元に戻してやりたい気持ちはあった。
「……ちょっとずつだけど。こちらの世界はスタートしたよ? 『ハルお兄ちゃん』」
巫女姫だった時は直接呼べなかったが、どうか安心して欲しいとつぶやく。彼の旅路は始まったばかり。それはこちらとて同じだ。王家再建などするつもりはないが、縛られた生活はもうしたくない。ひとまず、しっかり腹ごしらえするのに……家へ戻りながら畑の収穫をするのだった。あれだけでは食べ盛りのリーナの胃袋はまだまだ満たされないため。
次回はまた明日〜




