25.
夜。誰もが寝静まっているはずの時間にまだ目が冴えてしまっている私は、ベッドから起き上がるとバルコニーの外に出る。
すると。
「「…………あ」」
隣のバルコニーにいた彼……シエルと目が合い、同時に声を上げた。
「まだ起きていたの?」
「それはこちらのセリフですよ、エレオノーラ様。しかも、またそのような格好で」
「こ、これは、その……、誰もいないと思っていたから……」
指摘されて初めて夜着姿だったことに気が付き肩をすくめた私に、シエルは視線を逸らしてから言った。
「エレオノーラ様も寝付けなかったのですか?」
「えぇ……、仕事が山積みで、皆が働きまわってくれているというのに、何もしないで寝るのは罪悪感があって」
「そういうのを仕事中毒と言うそうですよ。
ただでさえ、国王代理という立場で三日三晩寝ずに対応に追われていらっしゃったところを、“良い加減寝てください”とルチア嬢に部屋に押し込まれたのですから」
「それは貴方も同じよ。“見届人”という立場を確立し、この国に残って仕事を手伝ってくれているのだから」
そう、シエルの言う通り、ファータ王国の国王がいなくなってから三日程が経った。
国王は今も妖精達のおもちゃにされているようで、妖精からは『死んでないよ〜』との雑な報告を受けているが、一度もその姿を見たことがない。
……まあ、国王は自業自得なので妖精達に任せるとして、その妖精達によって祝福された国は、今ではすっかり元通りとなっており、民は戸惑いながらもそれを受け入れ、以前のような活気を取り戻しつつある。
問題は、次の王位継承者を決めなければいけないことと、民へ説明する内容を考えなければいけないのだけれど……。
「また職務の顔に戻っていらっしゃいますよ」
そんなシエルの指摘に苦笑し、無数の星が瞬く空を仰ぎ見る。
「考えてしまうのよ。今後、どうすべきか。
まだ、少し決めかねているわ」
「…………」
私の言葉に対して、シエルは何も言わなかった。
代わりに、温かな心地よい風がサァッと頬や髪を撫でていく。
そして、シエルが辛うじて聞き取れるくらいの声で言った。
「……では、約束を果たしていただいてもよろしいでしょうか」
「!」
約束。それは、シエルとファータ王国に来る前に交わした、“互いの過去を話す”ということを指しているのだとすぐに気付き、迷うことなくゆっくりと頷くと……。
「……!!」
シエルが手すりに足をかけ、ふわりと音もなく空に舞う。
その光景があまりにも綺麗で見惚れている間に、シエルは私の隣に着地した。
「び、びっくりした……」
「驚かせてしまいすみません。万が一ルチア嬢にバレて、せっかくの機会が失われてしまっては困りますので。
……お部屋に、入れていただいてもよろしいでしょうか?」
シエルのやや緊張した面持ちに、私自身もドギマギとしてしまいながら頷く。
「え、えぇ。どうぞ……」
そうして、シエルと共に部屋へ入った私は、互いに向かい合うようにして備え付けてあった椅子に座る。
直後、彼はまるで物語を編むように語り出した。
「昔、ある一人の少年がいました。その少年には好きな少女がいて、その子の笑顔を見るためなら何でもしてあげたい、幸せにしたい、そして、大人になったら告白しようと思っていました。
ですが、大人になるにつれて気付いていきます。
少年と少女とでは、身分が違いすぎることに」
(……これ、もしかしなくても、私とシエルの話だわ……)
その間にも、シエルの言葉は続く。
「そして、少女は成長し、美しい女性になると、やがて予定通り女王の座につきました。
少年もまた、予定通り女王を守護する騎士となり、その後も女王の一番近くで彼女を見守ることにしました。
本当の感情を押し殺し生活する毎日は、喜怒哀楽全てをもたらしましたが、それでも構わないと思っていました。
……女王である彼女……、他でもない貴女の隣にいられるのならば、と」
「……!」
それまで俯きがちだった視線が、ゆっくりと交わる。
その瞳にはっきりとした熱が込められているのを感じて、ドクンと鼓動が高鳴るのを感じて、膝に置いた手が震え出す。
シエルは力なく笑い、「ですが」と口にした。
「妖精達には、私の心の内など見え透いていたのでしょう。
『エレオノーラ様のことが好きか』と突然尋ねられました。
そして、動揺した私に彼らは……、『素直になれ』と魔法をかけました」




