17.
祈りは、私達を、人間を取り巻く全ての恵みに感謝をしながら捧げる。
前妖精女王から教わったのは、『今を取り巻く全てのものが、生きていく上で当たり前だと思ってはいけない』ということ。
そして、何よりも強く注意されていたのは。
『妖精女王たるもの、妖精や人間の幸福だけを望み、決して己の欲に惑わされてはいけない』
私達の祈りや願いは、妖精達の願いに等しくある。
そのため、私達が望めば、妖精達は何がなんでも祈りや願いを叶えようとしてくれる。
だからこそ、妖精女王や騎士に求められたのは、常に冷静沈着であり続け、一線を引いた上で妖精や人間を見守ること。
もしそれが出来ないのであれば、“妖精女王失格”だと。
そして私は、それができなかった。
なぜなら、妖精を、シエルを隠せないほどに愛してしまったから。
そうして、己の欲……『シエルの“特別”になりたい』という感情を押し殺すことが出来なかった。
だから私は、妖精女王という役目を自ら放棄した。
自らの魔力の全てを使い、“妖精女王”である私が生きた記憶をなかったことにする“忘却”魔法を全員にかけて。
忘却魔法とは、万が一己が失敗した時、あるいは、女王としての重圧に耐えられなくなった時、その立場を放棄出来るよう、お守り代わりに受け継がれているもの。
その魔法を行使し、妖精女王失格である“私”の存在そのものをいなかったことにすれば、必然的にシエルが妖精王となり、全てが丸く収まる。
そう、信じて疑わなかったけれど。
結局私は、なぜか記憶を取り戻しているシエルが救い出してくれて、シエルと再会したことで全てを思い出して、今、こうしてここにいる。
(……ごめんなさい、ごめんね)
あなた達を、巻き添いにしてしまって。
役目を放棄し、捨てるような真似をしてしまって。
謝れば謝るほど息が苦しくなり、身体が、組んだ指先まで冷たくなっていく。
まるでそれは、自身にも忘却魔法をかけながら、果てしなく続く暗い水底に沈んでいった最期と同じ感覚。
そしてこれが、ただの“祈り”ではなくなっているのだと頭では分かっていても、もう二度と応えてくれるはずのない、かけがえのない存在に向かって、情けなくも懺悔し続ける。
(そもそも、私が彼を好きにならなければ、こんなことには)
『違う!!!』
「……!」
懐かしくて、二度と応えてはくれないはずの声が不意に脳裏に響いたことで、ハッと目を開ける。
深い水底にいたはずなのに、私が目にした光景は、私の手を眩ゆい光に向かって力一杯引いてくれる数多の妖精達の姿だった。
『エレオノーラは、悪くない!』
『悪いのは、私達!』
『喜んでくれるって、信じてたの……』
「……皆……」
涙をいっぱいに浮かべながら、必死に言葉をかけてくれる妖精達の姿を見て、私も視界がぼやける。
妖精達は顔を歪ませているだろう私に向かって、言葉を続けた。
『帰ってきて、エレオノーラ』
『お願い、私達もシエルも、エレオノーラだから良いの』
「っ、でも、私は、皆を裏切ってしまった」
シエルといい妖精達といい、私を迎えに来てくれるだなんて、都合が良いことばかり起きすぎて困る。
今なら全部夢でした、と言われても頷けるし、私もその方が良いとさえ思う、それなのに。
『違うよ! エレオノーラ! 皆、エレオノーラが大好きなんだ』
『エレオノーラを追い詰めてしまったのは、私達のせいだよ』
『それでも、エレオノーラがまだ自分を許せないと言うのなら……、私達、いつまでも待っているから』
「え……」
妖精達の言葉に俯きがちだった顔を彼らに向ける。
妖精達は目が合った私に向かって微笑んでくれながら言った。
『さあ、エレオノーラ。もう一度祈りを捧げて』
『いつものように、願いを聞かせて』
『エレオノーラの願いこそが、私達の願いなんだよ』
「……! 私は……」
私の、願いは……――




