表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
89/318

88 馬車と魔物

 煉瓦で舗装された道が、遠く伸びている。石のすき間、道の端から草が萌え出で、境をあいまいにしていた。


 教会領を出発した聖女一行は、ひとつ目の宿場へと続く街道を進んでいる。馬車の中では風の大神官がヒロインに、これからの流れを説明しているはずだ。


 ジルは馭者台に座り、夢でみた情報を思い出す。


 現在、生界の魔素を浄化しているのはヒロインではない。当代の聖女だ。


 次代の聖女へと移行するためには、各領地にある神殿を巡る必要があった。四つの神殿で聖女が力を示すことで情報が上書きされ、世代交代となる。


 四つある神殿のうち、なぜリングーシー領から始めているのかと言えば、今の時季にしか扉は開かれていないからだ。


 リングーシー領には風の神殿があり、春の季節である三ノ月、弦ノ月、五ノ月のうち、五ノ月末日のみ訪れることができる。それ以外の季節では、神殿を護るためか暴風が吹き荒れており近づけないのだ。


 他の神殿も同様で、ガットア領は夏、タルブデレク領は秋、ローナンシェ領は冬に訪れることとなる。各領地を順に巡るため、その気があれば四人の大神官と親密になるのは容易だった。


 注意が必要なのは護衛騎士だ。儀式の道中、どんなに好感度をあげる行動をとっていたとしても、戦闘熟練度が低ければ親密な関係にはなれない。ゲームでは熟練度がレベルという数値で見えていたため、進度が把握できたのだけれど。


 ――レベルは三十が目安だったかな。


 ゲーム開始時、ヒロインのレベルは一だ。護衛騎士は三十。風の大神官は十だった。エディは従者、わき役で戦闘には参加していないためレベル表記はない。


 そして夢でみたゲームは攻略対象との恋愛が主たる内容で、戦闘は物語に緩急をつける為のものでしかなかった。だからヒロインは無理にレベルを上げなくても、儀式を完遂できる。護衛騎士と大神官一人がいれば、すべての戦闘で勝てるという難易度だ。


 夢でみた女性はそれを詰まらないと感じたようで、戦闘メンバーから護衛騎士を外し、ヒロインと大神官の二人出撃で戦っていた。


 ヒロインは基本的に聖魔法での回復役だ。扱える武器は弓だったけれど、攻撃力は高くない。手番で何もすることがない時に矢を射る、といった具合だった。


「注意を怠るな」


 前方から聞き覚えのある言葉が流れてきた。その声でジルは状況を理解する。ラシードは馬を早駆けさせ馬車と距離をとっていた。


「おじさん、馬車を止めてください。ゆっくりで、大丈夫です」


 ジルが馭者に声をかけたと同時に前方から狼の群れが現れた。馬から降り迎撃の構えをみせていたラシードは、一振りで三体の狼を薙ぎ払った。斬られた狼は赤い液体ではなく、黒い靄を噴き出す。


「ま、まま、魔物だ……!!」

「魔物はすべて倒します。だからおじさんは、馬を宥めてください」


 教会領と宿場の往復しかしていない馬車だ。魔物は見慣れていないのだろう。


 馭者は手綱を引き、慌てて速度を落としはじめた。この揺れでルーファスとセレナも異変に気が付いたはずだ。


 ジルは馭者を落ち着かせるため、手綱を掴む手に自分の手を添える。一段声を低めて、ゆっくりと話した。馬がいなくなれば逃げる手段もなくなると伝えれば、馭者は何度も頷いてくれた。


「お、おい坊主」

「僕は、後ろを受け持ちます」


 前方は護衛騎士が簡単に殲滅してくれるだろう。馬車には風の大神官が乗っている。


 ジルは馭者台に立つと長剣を手に、走る馬車から飛び降りた。


 放物線の先にいた狼の魔物を突き刺し着地の衝撃を緩和させる。剣を引き抜けばやはり黒い靄が噴出した。


 魔物の体には血液ではなく、魔素が流れている。


 溢れ出た黒い靄は空気中に溶け、次第に見えなくなった。ジルは遺骸を一瞥して次の魔物へと剣を向ける。狼の魔物は街道の横に広がった林から出現していた。前方に比べればこちらの数は少ない。手間取ることもなく魔物は殲滅できた。


 ジルが倒した魔物は六体。黒い靄は消えてなくなったけれど、遺骸はすぐには消えない。水分を失ったように干乾びたあと、砂となって崩れ落ちた。


 ――ゲームの通りならセレナ神官様は。


 馬車の状況を確認するため、ジルは前方へと目を遣った。そして頭を抱えた。弓を手にしたルーファスが、無傷で立っている。


 ――おかしい。強すぎる。


 ジルが視線を向けた先では、風の大神官が狼二体を同時撃破していた。弓から放たれた二本の矢は、駆ける狼を正確に貫いている。別方向から迫っていた残る一体も今、事切れた。


 ――仲良くなる第一歩が、消えた!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ