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傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
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85 注意と報告

 挨拶を済ませた面々はそれぞれの位置に就いていた。ヒロインの隣に風の大神官が座り、テーブルを挟んだ向かい側には教皇の近侍がいた。護衛騎士は聖女の後ろに立ち、ジルはその隣にいる。


 場が落ち着いたところで、近侍から各地を巡る上での注意を受けた。


 まずは呼び名。


 ヒロインが次代の聖女だと分かれば、民の混乱は必至。セレナは神官に扮し、魔物調査へ赴く大神官に同行するかたちをとる。そのため、従者の表向きの主は大神官となる。騎士は神官二人の護衛だ。


「旅の間は、クラメル神官とお呼び致します」

「聞き慣れなくて、恥ずかしいです。セレナではダメでしょうか」

「大神官と騎士はそれでも構わないでしょう。しかしハワードは」


 エディは従者だ。神官と同等の騎士、あるいは役職の高い攻略対象達とは違う。人前で呼び捨てにしようものなら、教会の品位を損ねてしまう。


「聖女様の意を汲むのであれば、セレナ神官様、とお呼びするのが落しどころかと」


 呼び捨ての許しが出ていたとしても、知らぬ者は礼儀知らずとしてエディを非難するだろう。そうルーファスが補足した。


「貴族様や神官様は偉いって分かるんですけど……細かなところは私、よく分からなくて。無理を言ってごめんなさい」

「セレナ神官は市井にいらしたのですから、無理もありません。ゆっくり覚えていきましょう」


 僕も昔は分かりませんでしたとルーファスが笑めば、俯いていたヒロインの顔が上がった。穏かな雰囲気に感化されたのか、表情は和らいでいた。


 次は魔法について。


 戦闘中の使用は問題ない。しかし、それ以外での使用は原則禁止だと言い渡された。


 魔力は有限であり、すべての人間を癒せるわけではない。民に不要な期待を持たせないため、聖魔法は公言しないようにと近侍は話した。


「民に乞われた際は、魔法は使えないとお答えください」

「ケガで苦しんでいる人がいても、ですか……?」

「一人を治療すれば、我もと続き際限がありません。心苦しいでしょうが、お含み置きください」


 術者を護るための規則であるのは、ジルも理解している。けれど、ヒロインの葛藤も良く分かった。苦しんでいる人が目の前にいて、自分にはそれを取り除く術があるのに、使ってはいけない。


 ましてやヒロインは聖女の資質を備えている。この懊悩も儀式の一環だというのだろうか。


 最後は報告についてだ。


 神殿を一つ巡るたびに、教会領へ戻ってきて近侍に報告を行うこと。


 試練を終えているなら、各領地の聖堂にある転移陣を使えば一瞬でリシネロ大聖堂に戻れる。通常は大聖堂から聖堂への一方通行だけれど、聖女と一緒なら双方向で利用できるのだ。


 ――これを使って、攻略対象に逢いに行ったりするんだよね。


 遺失魔法は本当に便利だ。


 しかし便利だからといって多用すると、戦闘熟練度は上がらない。もしヒロインが護衛騎士と親密になりたいのなら、それとなく誘導しなくてはいけないだろう。お助け役であるゲームのエディは、それが役割だった。


 ――折をみて、セレナ神官様に二人の印象を訊いてみよう。


 翌朝の日の出とともに出立すること。今日は全員、宿泊棟を利用すること。教皇の近侍はそう告げて、解散となった。


 ◇


「おいしかった」


 割り当てられた部屋に入ると、テーブルには食事が用意されていた。賓客用の献立なのだろう。ジルには名前の分からない料理が並んでいた。


 お腹一杯になったジルは今、風の大神官に覚えた違和感について考えていた。ヒロインに跪いて挨拶をするのはゲームの通りだった。服装も同じだ。残るは。


『風の大神官として、聖女セレナ様をお支えいたします』


 ――宣誓だ。


 先ほどの挨拶でルーファスは、“魔素浄化”を支えると言っていた。


 結果は同じだとしても、そこに含まれる意味合いは大きく異なるのではないだろうか。どうして言葉が変わったのだろうとジルは首を捻る。


 ――宿屋を継ぐからかな?


 神官のままならずっと傍にいられるけれど、宿屋の主人となればそうもいかない。そこの違いだろうか。推測していると、扉を叩く音が聞こえた。


「ルーファスです。夜分にすみません。少し、お時間宜しいでしょうか」

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