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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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75 本筋と体勢

 正面に座ったウォーガンは、疲れた様子でこめかみを抑えていた。


「どこから突っ込みゃいいんだ……」


 ジルは昨日ファジュルに呼び出されたところから、今日ルーファスに言われたところまでをウォーガンに話した。胸の件は恥ずかしかったけれど、正直に話した。


「貴女の傍にいますって台詞は、ゲームで聖女様に言っていた言葉なんです」


 だから風の大神官が自分に言うのはおかしい。ゲームの内容が変わってしまったのではないかと、ウォーガンに言い募った。応接テーブルに手を突き前のめりになっていたジルは、落ち着けとウォーガンに手で払われる。


「そうなったら私、エディを助ける方法が分かりません」


 ジルはソファに座り直し項垂れた。呼吸を整えるのも忘れ、声は段々と萎れていく。


「恐らく本筋は変わらん。秘匿情報だから詳しくは言えんが、評議会で話に上がった」


 ジルは期待に顔を上げた。


 目を大きく開いてウォーガンを凝視する。本筋は変わらない。それはつまり、新しい聖女が降誕するということだ。そうなれば攻略対象達は、ヒロインと儀式に臨むことになる。ゲームの流れと相違ない。


「それに、内容が変わるってんなら今更だろう」

「……?」

「タルブデレク大公閣下の従者。風の大神官様の宿屋。土の大神官様の故郷」


 ウォーガンに並べ立てられた事実に、ジルは口を開けて固まってしまった。それらはジルが、私心のもとに手を出した事柄だった。


 側付きは死なず、宿屋は燃えず、故郷は潰えていない。どれもゲームとは異なっている。けれど新しい聖女は、ヒロインは現れるのだ。


「私はちゃんと、バクリー副隊長様に斬られるんですね!」

「そんなことを嬉しそうに言うんじゃない」


 義父にぴしゃりと切られてしまった。けれど胸のつかえが取れたジルは、執務室に来て初めて笑った。


「風の大神官様も、新しい聖女様と逢ったら間違えてたって気が付きますね」


 ゲーム一作目でジルは、エディの姉という言葉でしか登場していない。二作目なんて敵になるのだ。そんな人間と間違えていたと分かれば、ルーファスは恥ずかしい思いをするに違いない。


 ――私は何も聞かなかったことにしよう。


 そうと決めたジルが眉を開いて頷いていると、正面からため息が落された。


「入れ替わりをやめる気はないんだな」

「はい」


 ジルが当然だとばかりに頷くと、ウォーガンがソファから立ち上がった。そのままゆっくりと近づいて来る。どうしたのだろうか。目で追っていると、ジルはソファの座面に背中をつけていた。


 ――なんだか、今日はよくこの体勢になるな。


 義父の顔を見上げる。大きな体で押し潰さないようにと気を遣ってくれているのだろう。閉塞感はあったけれど、重たくはなかった。


「どうして抵抗しない」

「する必要がありません」

「二人の大神官様に対してもそう考えたのか?」

「水の大神官様の時は、首の近くに手があったので戦闘の想定はしました」

「土の大神官様は」

「危険だと感じなかったため、特には何も」


 ウォーガンの真剣な眼差しを、ジルは真っ直ぐに見上げた。近くで見る義父の顔には、小さな傷がいくつもあった。なかにはまだ血が滲んでいるものもある。訓練に遠征が重なり、癒える間もないのだ。


 ――他者回復が使えたら、すぐに治すのに。


 ジルは義父の顔を指先でそっと撫でた。同時に焦茶の瞳が見開かれる。気を付けたけれど、傷に触れてしまっただろうか。微かな唸り声とともに、ウォーガンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ジル、この状態から逃げられるか?」

「急所を蹴る、または突きを喰らわせたあと、支えになっている腕を斬ります」


 ジルは剣のほか、体術も習っている。狙うのは関節などの骨がもろい箇所、そして男性なら股の間だ。目も効果的だけれど、聖魔法でなければ快癒できないようなケガはできるだけ負わせたくない。


「こうされたらどうする」

「っ!」


 ジルは強い圧迫感に襲われた。


 両手は頭上で一つにまとめられ、大きな手に押さえつけられている。足にはウォーガンの頑丈な体が乗っていた。ジルは手足を拘束されているのに対し、ウォーガンは片手が自由だ。


 この体勢は圧倒的に不利だった。何か逃れる術はないか思考を巡らせる。体格差が大きく押し返すのは無理だ。攻撃魔法はジルには使えない。義父に貰った魔法石も割れないため使えない。


「……私には、逃げられません」

「対策は」

「この体勢に持ち込ませない、です」


 手と足が解放され、ジルは息を吸い込んだ。ウォーガンに手を引かれソファから身を起こすと、呼吸を促すように背をさすられた。


「悪かったな。重たかっただろう」

「危険だということが良く分かりました。今後は、上を取られないよう気を付けます」


 ジルが神妙な面持ちで礼を伝えると、ウォーガンは何とも言えない表情をしていた。

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