表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
74/318

73 介抱と失態

 ぽん、ぽん、とゆっくり背中を叩かれている。


「吐き出す息は長く、呼吸だけを意識しろ」


 ジルはその振動に合わせて、呼吸を繰り返す。


「そうだ、ゆっくり。大丈夫だ」


 大きな手に背中をさすられた。ゴツゴツと剣ダコで厚くなった手のひらは、義父のものだ。


 大きな体に寄りかかり、呼吸を繰り返す。あたたかな体温と、とくとくと脈打つ心音が、心地良い。手足の痺れが、消えていく。苦しかった呼吸が、楽になる。


「手慣れてますね」

「同じ発作をするのがいたからな」

「!!」


 息苦しさから解放され血の巡りが良くなった脳は、状況を正しく認識する。


 座り抱え込まれた体勢から逃れようと、ジルは両手を突き出した。けれど鍛えられた体はびくともせず、反対にジルが後方へ倒れそうになる。


「それだけ力が入るなら問題ないな」


 大きな手に腰を支えられ、床との衝突は免れた。仰け反り見上げた先には、朱殷色の瞳があった。介抱してくれたのはウォーガンではなく、警戒対象だった。動揺でジルの息が止まる。


「呼吸を整えろ」


 低く落ち着いた声でラシードが言う。それは、義父に習った言葉と同じだった。


 ジルは平静を保つため、ゆっくり深く呼吸する。併せて、警戒対象の弱点も思い出した。ジルなど歯牙にもかけないほど強く、動揺とは無縁にみえる瞳で見下ろしてくるラシードは。


 ――キノコが嫌い。


 体は大きいのに子供のようだ。そうだ御守にキノコを携帯しよう。なにかあったら口に投げ込もう。そんな思考も浮かび、ジルの呼吸は軽くなった。その変化を感じ取ったのだろう。腰に回っていた手は離れ、ジルはラシードから解放された。


「痛むところは無いですか?」


 それまで様子を窺っていた騎士が、ジルに声をかけてきた。本日の夜番であるという騎士は、ジルが団長の名前を呼び倒れたときは、血の気が引いたと話した。


 救護室へ運ぼうと近づいたところ、バクリー副隊長が応急処置を始めたので見守っていたそうだ。


 ――まだお礼を言ってなかった。


 そのことに気が付いたジルは立ち上がり頭を下げる。


「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません。お助けいただき、ありがとうございました」

「顔を上げてください。騎士として当然のことをしただけです」


 介抱したラシードではなく夜番が答えた。ラシードは、自分の仕事は終わったとばかりにジルから距離をとり、口を結んでいる。


 ――そういえば、どうしてここにいるんだろう。


 ラシードは、第五神殿騎士団に戻ったとデリックが言っていた。第五は南方で、ここは北方騎士棟だ。ウォーガンに会いに来たのだろうか。しかし執務室前で騒いでいるにも関わらず、部屋の主が現れる気配はない。もしかして、とジルは夜番を見る。


「騎士様、ハワード団長は執務室にいらっしゃいますか?」

「本日は評議会に出席しており、まだ」

「こんな時間にどうした」


 帰ってきていないと夜番が言い終える前に、廊下の先から義父の声が聞こえた。求めていた声を耳にして足が駆けだそうとしたけれど、ジルはどうにか踏み止まった。


 ここにはウォーガンだけでなく、夜番の騎士やラシードがいるのだ。それでなくとも先ほどの失態がある。義父に要らぬ醜聞が立たないよう、ジルは平静であろうと努めた。


「夜分に、申し訳ございません。急ぎお耳に入れたいことが」


 それだけで義父は察してくれた。


 先に入っているようジルは促された。扉を挟んだ向こう側で、ウォーガンとラシードは何かを話している。二人の声は聞こえるけれど、くぐもっており内容までは分からない。会話はすぐに終わったようで、執務室の扉が再び開かれた。


「二人は下がらせた。何があった、ジル」


 手にした書類の整理もそこそこに、ウォーガンはソファに座った。夜番から聞いたのだろう。焦茶色の瞳はジルの容態を案じていた。


 対面に着座していたジルは心を落ち着かせるため、息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「風の大神官様の様子が、変なんです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ