62 議場と大神官
視点:俯瞰
大神官総会は年に一度、臥ノ月一日に開かれる。
教会領にあるリシネロ大聖堂の聖堂棟二階の一室に四人の大神官が集い、情勢について話し合いが行われた。魔素濃度が今よりも高かった昔は、ここに枢機卿や騎士団長も参加していた。
魔物が頻繁に現れ、各領地との連携や情報交換は不可欠だった。しかし三百年前に聖女の親衛隊が解散され、教会で護られるようになってからは形骸化した。
次第に魔素は薄れ、強力な魔物は滅多に現れず、領兵で対処できるものが多くなった。
安定した生界では経済や文化が発展していった。大神官達は月に一度の祈祷をおこない、それ以外では各々で職に就いていた。
外出できない聖女の心を慰める役目は、聖女と結ばれた者が行い、該当しない大神官は時折り拝謁する程度だった。
聖女の相手には大神官以外から選ばれることもしばしばで、過去の記録では複数人と結ばれていた聖女もいた。二人、三人と関係を紡いだ聖女の治世は、一人と添い遂げた者よりも長かった。
聖女には例外なく子がいない。皆、権威は一代限りで終わっていた。
形骸化した大神官総会だが、新しい大神官が就任した年は必ず出席しなければならなかった。それは大神官のなりすましを防ぐためであり、懇親を深めるためでもあった。
今年は土の大神官が新任であるため、議場には五年振りに四人の大神官が揃っていた。
白を基調とした室内の中央に、永い刻が溶け込んだ黒檀の円卓が置かれている。円卓と同じ色をした椅子には、白いベルベットが張られていた。
空いていた椅子に当日入領した水の大神官が座ったことで、大神官総会は開幕した。
議場には大神官四人しかおらず、議長などいない。在任期間が一番長いのはファジュルだが、総会に顔を出すのは稀だ。毎年総会に出席していたルーファスが進行役を担うのは、当然のなりゆきだった。
かくして土の大神官の新任挨拶は行われ、自己紹介は一巡した。
「午後からは聖女様との謁見です。それまでに話しておきたい議題はありますか?」
ルーファスは自身の左に座ったクレイグ、正面にいるファジュル、そして右に座ったナリトへ順に視線を移した。本来は十人以上で使用する円卓であるため、椅子の間隔は開いており、四人は十字に座っている。
「上級ランクの増加はもとより、低級の跋扈が甚だしい」
近く、聖女の世代交代があるだろうとナリトは明言した。
上級ランクは個体数が少なく、神殿騎士団と共闘して討伐に当たることができる。しかし低級は自領の兵や自警団などで対応しなければならず、領民に疲弊がつのり始めていた。
魔素の保有量が少ない低級ランクの魔物でさえ、活発に行動できている。聖女の浄化能力が落ちている証だった。
「ウチも積み荷がやられたよ。隊商の費用もかさんじまって商売あがったりだ」
「史書によれば、崩御の前兆として今と似た状況もあったようです」
「……やっぱりオレが正しかったじゃないか」
ファジュルは利益の低下を嘆き、ルーファスは生界の情勢を憂い、クレイグは不満を言ちた。耳ざとくオモチャをみつけたファジュルは、クレイグの言葉を拾い上げる。
「あの後なにか言われたのかい?」
「あんたには関係ない」
「おや、ファジュル大神官とクレイグ大神官は知り合いだったのかな」
ナリトが二人の会話に参加した。ルーファスは黙って様子を見守っている。
「この子、昨日アタシの商談に割り込んできたんだよ」
「度胸があるね」
ファジュルはタルブデレク領の産物を、ナリトはガットア領の産物を買い上げている。取引関係にある二人は教会領外で顔を合わせることの方が多く、互いの気性は知っていた。
「惚れた娘が襲われてたら飛び込んでもくるさ」
「っ、お前やっぱり」
「そう勘違いしたんだろう? アタシは清廉潔白だよ」
肩を怒らせ睨みつけているクレイグに、ファジュルは笑みを刷き軽く両手を上げた。
「ファジュル大神官、私的なお話は」
「相手は神官、はたまた参詣者の子かな」
「ナリト大神官も」
眉尻を下げたルーファスは席を立ち、クレイグに一礼する。
「申し訳ございません。二人に代わってお詫び致します」
「あんたに謝罪される筋合いはない。見習いの話し通り底抜けだな」
「底抜け、ですか」
鼻を鳴らすクレイグに、ルーファスは言葉を繰り返して首を傾げた。そのやり取りに、ナリトが笑みを浮かべる。
「厚意は素直に受け取らないと、その見習いの子に嫌われてしまうよ?」
「さっきの様子じゃ、口喧嘩の一つでも終わったあとだね」
「ほかに話題がないのなら、大神官総会は終わりにしましょう」
年長二人は抑えられないとルーファスは判断し、大神官総会の閉幕を提言した。
「こんなヤツ等を尊敬するなんて、ジルのほうが間違ってる」
「「ジル?」」
クレイグの言葉に、風と水の大神官が同時に声を上げた。ファジュルは円卓に肘をつき、新しいオモチャが二つ増えたと口の端を上げていた。




