61 謝罪と尊敬
「…………馬鹿にして悪かった」
ローナンシェ領に帰り六ヶ月が過ぎたころ、クレイグは地元の自警団から相談を受けたそうだ。その内容がジルに頼まれて読んだ報告録の情報と一致し、被害を出す前に魔物を討伐できたと話した。
声はとても小さかったけれど、隣に座って耳を傾けていたジルにはしっかりと聞こえた。クレイグはジルから顔を逸らしているため、表情は見えない。それでも、声の調子から唇を尖らせているであろうことは、想像に難くない。
――あの土の大神官様から、お詫びの言葉が聴けるなんて!
ジルは感嘆した。魔物の襲撃を防げたから、粗暴な性格にはならなかったのだろうか。ゲームのクレイグが謝罪を口にするのは、親密になった終盤だったはずだ。これならヒロインに酷いことはしないだろうと、ジルは安堵した。
「それでも、一緒に読んでくださいましたから」
損しませんでしたねと悪戯心を含ませて、ジルはそっぽを向いた金色の頭に返した。クレイグは一つ鼻を鳴らしただけで何も言わない。話題が一段落ついたところで、ジルは疑問だったことを口にする。
「ところで、どうして私が面会室にいるって知ってたんですか?」
くるりと少年の頭が回った。クレイグは口をへの字に曲げている。なぜジト目で見られているのだろうか。理由が分からずジルは首を傾げた。
「見習いがここに居なかったから、適当に人を捉まえて訊いた」
「面会室に入ってきたのは?」
「扉を叩こうとしたら、……声が聞こえた」
そう言ってクレイグはまた顔を背けてしまった。土の大神官の来室がなければ、ファジュルのマッサージはきっと続いていただろう。自分から相談したこととはいえ、触る前に断りを入れて欲しかったジルにとって、クレイグの登場は有り難かった。
「ありがとうございました。ご心配をおかけしました」
「なんの商談をしてたんだ」
「えっと……秘密です」
にっこりと作り笑顔で答えたジルに、クレイグの視線が刺さった。
内容を話してしまえば、今度はジルが約束を破ってしまうことになる。それに、いくらクレイグが可愛らしい顔をしているとはいえ。
――胸の相談をしていました! とは言えない。
追及されたくないジルは話題を変えるべく、笑顔を保ったまま続けて口を開く。
「明日は大神官総会ですね」
クレイグから返答はない。夕焼け色の瞳はまだ疑いの眼差しをジルに向けている。
「皆さんと仲良くなれるといいですね。火の大神官様とケンカしてはダメですよ。聖女様を支える仲間なんですから」
ジルは弟へ言い聞かせるように、人差し指を立てて念を押す。聖女の話題をだした途端、土の大神官の眉根が一層中央に寄った。
「支える? あの聖女を?」
「聖女“様”です。大神官様達は、聖女様の御心を慰める役目もあるって、風の大神官様が言ってましたよ」
「風の大神官ってのは底抜けに慈悲深いんだな」
クレイグは呆れたように鼻で笑った。ジルが言っているのはヒロインのことだけれど、それはまだ口外できない。
それと、大神官として貢献できていないと苦悩する真面目なルーファスを馬鹿にされたような気がして、良い気分ではなかった。
こぽりと、もどかしさがジルの胸裏に浮かぶ。
「水の大神官もそんなヤツなのか?」
「少なくとも、土の大神官様とは大違いだと思います」
ナリトはタルブデレクの領主だ。領民を養いながら、毎月の祈祷を行い、聖女を支えなければならない。それがどれだけ大変か、ジルには想像もつかなかった。
商会長であるファジュルもそうだ。商会に所属する商人や使用人達、そしてその家族を養っている。他者の世話は努力と献身、責任感がなければできないことだ。
ジルは長椅子から立ち上がり、むっと不機嫌にしているクレイグへ視線を落とした。
「尊敬する方々です。土の大神官様、どうぞご無礼のないよう」
深く腰を折って真礼してみせたジルは身を翻し、足早に書庫を出た。
これ以上話していると、要らないことを喋ってしまいそうだった。ジルも今代聖女に良い印象は持っていない。それでもまだ、ヒロインは覚醒していないのだ。
教会は魔素の浄化能力を維持しなければならなかった。たとえ聖女が、病んでしまっていても。




