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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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59 商会と後悔

 火の大神官、ファジュル・ラバンは攻略対象唯一の女性であり、ガットア領を本拠地とした商会をまとめ上げる女傑だ。


 同性婚はソルトゥリス教会に認められてはいないけれど、同性の恋人を持つことは禁止されていない。とはいえ、庶民において子は貴重な働き手だ。ジルは教会領にくるまで、そのような人達を見たことはなかった。


 ――政略結婚っていうのよりは、健全だよね。


 ファジュルは宝石商を営む両親の元に生まれた。そのころは露天で販売するような、小さな商いだった。それは慎ましやかながらも、幸せな暮らしだった。


 十二歳となったとき、ファジュルは両親から引き離される。いつからか鉱石の仕入を断たれた両親は、商会にお金を借りていたのだ。借金の形となったファジュルは商会で働かされ、商売のいろはを教え込まれた。


 裏から手を回し、両親の仕入を断ったのが商会だと知ったのは、十四歳の時だった。ファジュルの掌に御印が現れたとき、商会長が口を滑らせたのだ。儂の目は正しかった、と。


 貧乏だったから、お金が無かったから。自分たち家族は不幸になったのだと、ファジュルは理解した。


 商会の乗っ取りを決意したファジュルは従順に働き、少しずつ不正の情報を集めた。火の大神官であることも利用した。時には手管を弄することもあった。


 五年の歳月が経ち、仲間も増え計画を実行に移そうとした前日、訃報が届いた。利子によって膨れ上がった借金を返そうと、両親は危険な仕事も請けていた。手紙には、鉱山の崩落に巻き込まれたと記されていた。


 ――お金が無いとお腹は膨れない。


 商会長を引き摺り下ろし、乗っ取りを果たしたファジュルは商売の拡大にのめり込んだ。


 利益が出ると判れば潰れそうな商会も買い取った。金銭だけでは済まない荒事には、人を使ったりもした。稼ぐ者には十分な報酬を与え、損害を出す者は容赦なく切り捨てた。


 お金は面白いように貯まった。金や銀、宝石は溢れんばかりに輝いている。けれど、ファジュルの心が満たされることはなかった。


 二十四歳となったとき、ファジュルはヒロインと出逢う。聖女らしく耳当たりの良い言葉を並べるため、初めは嫌悪感を抱いていた。しかし真っ直ぐに、時には叱り真心を傾けてくれる彼女が、いつしか心の穴を埋める存在となっていたのだ。


 ――火の大神官様は、家族が欲しかったんだ。


 ジルにはエディがいた。ウォーガンという家族もできた。


 ファジュルは宝石を買うように、お金で人心を買おうとしている。胸が苦しくなった。ジルは顎に添えられたファジュルの手を取り、両手で包み込む。


「護衛も侍女も辞退いたします。どうしても補償をと仰るのでしたら……私の相談に、のってくださいませんか?」

「相談?」

「私、母がいないんです」

「アタシに母親になれってことかい」

「お姉ちゃん、とか……」


 やはり図々しいだろうか。ジルの声は段々と小さくなってしまった。ヒロインが現れるまでの話し相手になれたら、と考えたのだ。値打ちを測るように、紅玉の瞳はジルに据えられている。


「知識や情報は価値が高いんだ。それを得るためなら、アタシは糸目を付けない」

「過ぎたお願いで」

「最後まで聴きな。今回の件に値するだけの知識を、ジルに渡そう」


 ジルの目はパチパチと瞬いた。こうもあっさりと、承知して貰えるとは思っていなかったのだ。ジルは両手で包んでいたファジュルの手を握る。


「ありがとうございます、火の大神官様」

「ファジュルでいいよ。姉なんだろう?」


 ジルは胸中で後悔の声を上げた。口から出た言葉は戻らない。攻略対象を名で呼ぶまいと避けてきたのに、自分で仕向けてしまっていた。


 ファジュルは口の端を上げ、愉しそうな笑みを浮かべている。姉のようにとジルが望んだのに、ここで頑なに職名で呼べばファジュルはどう思うだろうか。


 ジルは手を膝の上に揃え、軽く頭を下げた。


「宜しくお願いいたします。ファジュル大神官様」

「それで相談ってのは何だい。アタシは総会が終わったらすぐに発つから、今しか聴けないよ」


 今、この時しか話せないというのは想定外だった。話題を考えていなかったジルは焦った。何かないかと思考を巡らせた結果、すぐ近くにあったものが目に入ってしまった。


「えっと……どうしたら胸が大きくなるでしょうか」


 気が付けばそんなことを尋ねていた。口から出た言葉は戻らない。ジルは再び、胸中で後悔の声を上げることとなった。

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