5 ジル<13歳>
ウォーガンとの約束通り、あれから毎日欠かさず体力づくりに励んだ。ジルは十三歳に、エディは十歳となったけれど、背格好に大きな違いはなく、二人はそっくりなままだった。
一日三回の整った食事に毎日の運動。弱かったエディの体は熱にうなされることも少なくなった。ジルは魔力制御の訓練に力を入れたこともあって、聖魔法を抑えられるようになっていた。
聖の魔力を宿した者は通常、他者の傷を癒す魔法が使える。これに魔素を浄化する能力が加わると、聖女と呼ばれる存在になるのだ。
しかしジルには、どちらの能力も無かった。
ジルが癒せるのは己だけ。それも意図して発動するのではなく、傷を受けたら自動回復するという便利なのだか不便だか分からない能力だった。
以前は傷に対して消費する魔力が多く、発動したあとは疲労感を覚えた。けれど、今は適切な量に調整できている。それだけでなく、意識すれば回復速度を遅らせることも可能になった。負った傷が立ち所に消えてしまえば、魔法の作用を疑われることは必死だ。回復の遅延は、入れ替わる上で非常に重要な技能だった。
◇
首を覆いかくす襟にくるぶし丈の裾。神官見習いであることを示す灰色の法衣に身を包んだジルは今、礼儀作法の講義を受けていた。
教会には庶民だけでなく、上流階級に位置する者も訪れる。礼儀を欠き侮られたなどと言いがかりをつけられないよう、作法を身に着けることは自衛と同義だった。
講義を受けているのは聖の魔力を持つ神官見習い達で、みな女性だ。今日に至るまで、聖の魔力は女性にしか確認されていない。
教壇では講師が貴人との歩き方、座る位置などを話している。聖魔法を使える者は貴族の屋敷に招かれることも多い。しかしジルは自己回復しかできない。自分がこの作法を披露することはないだろうと聞き流していた。
それよりも、と意識は厩舎へ向かう。エディは今日、仕事が終わったらウォーガンと会う予定になっていた。三年前の約束通り、剣を教えて貰うのだ。
――私も立ち会えないかな。遠くからこっそりでも。
「ハワード神官見習い、馬車の上座はどこでしたか?」
「はっ、え……お、奥の方、です」
「正しくは進行方向側の奥です」
肩を上下させたジルを見て、女性講師の目が光る。視線を彷徨わせながらも回答してみたけれど、講義に集中していないのがバレていた。ジルは同席者から注がれる生温い視線にばつが悪くなり、笑って誤魔化してみる。けれど見逃されるはずもなく、後ほど講師控室に来るよう指示された。
祭政を司るソルトゥリス教会は、各領地からの税収と教徒の寄付で成り立っている。強制だったとはいえジルは今、教会の庇護下で暮らしている。神官見習いの務めである勉学を蔑ろにしていいはずがない。
「貴女は体調不良の時のほうが勉強熱心ですね」
控室を訪れたジルは、呆れ顔の講師に改めて心構えを説かれた。体調不良の時、すなわち出席者はエディだ。具合が悪いのだから寝ててもいいのに、とジルは凝りもせず思ってしまった。後日ジルが困らないようにと、エディは漏らさず講義を聞いてくれていたのだ。
なんて姉想いで優しい弟だろう。こんな子が死ぬなんておかしい。必ず私が護ってみせる。そう感動に打ち震えていると、ジルの脳裏にゲームの情景が広がった。思わず顔が強張る。その姿に講師は、ジルが反省していると思ったのだろう。以後気を付けるようにと締めくくり、退出を許された。
講師控室を出ると陽は沈みかけ、空は薄紫から濃紺に染まっていた。
きっともう剣の稽古は終わっている。ジルにとって弟が第一であることに揺るぎはないけれど、衣食住を与えてくれた教会、保護してくれたウォーガンに報いたい気持ちもあった。だからこそ、ジルは弟を護らなければならないのだ。
――シリーズ二作目で私は、敵になるのだから。




