56　指南と制御

　大小様々な石が迫ってくる。小さな石は剣身で薙ぎ払い、拳大の石は返す刃で砕いた。足元にあられと撃ち出された小石群は跳躍して避け、飛んだ先を狙って撃ち出された石は剣の柄頭で割った。

「見えてますよ！」

　着地ざまジルは身を屈め、背後から迫る石をかわす。そのまま片手をついて後方へ回転し、横から飛んできた石を避けた。素早く長剣を構え直し、周囲を窺う。

「肩慣らしは済んだな」

　声とともに一閃、大剣が振り下ろされた。

　ジルはこの斬撃を受けきれない。それでも長剣を正面に出した。

　金属がかち合い火花が弾ける。押し潰されそうな衝撃に両膝が沈んだけれど、ここで止まってはいけない。大剣の鍔元へ剣刃を滑らせ、そこを力点に体の軸を外し剣先をウォーガンに突き、出せなかった。

　ジルが身をずらした瞬間、長剣は弾き飛ばされていた。しかしまだ手はある。大剣を振って伸びたウォーガンの腕をくぐり懐に入り込む。

　直後、突き出された肘でしたたかに打たれた。咄嗟に両腕でかばったけれど緩和しきれず、じわりと嫌な汗が浮かぶ。

「はっ、はっ」

　胸元を抑えて呼吸を整える。苦痛に顔を歪めながらもジルは、ウォーガンから目を離さなかった。

　体にはまだ圧迫感が残っている。それでもジルはゆっくりと立ち上がった。周囲に視線をはしらせ、長剣の位置を確認する。ジルの左手側、距離は十歩分程度。ウォーガンにもジルの考えは見抜かれているだろう。

　――剣を握る前に斬られる。

　それなら、とジルは転がった長剣に向けて石敷きを駆けた。それに呼応してウォーガンも間合いを詰めてくる。

　石の割れる音とともに壁が降ってきた。

　ジルと長剣を分断するように大剣が突き立てられている。けれどジルは速度を落とさない。そのまま剣身の壁を蹴り上がり、腰から引き抜いた短剣をウォーガンに投擲する。

「投げる前に対象の位置をきっちり把握しておけ」

　カランと軽い音が夜気に響いた。短剣が落ちた先には誰もいない。後ろから腕を捻り上げられたジルは痛みに眉を顰め、不満に頬を膨らませた。

「なんでそこに居るんですか」

「大剣に気を取られ過ぎだ」

「今日は勝てると思ったのに」

「指南は回復後だ。聖魔法を……相変わらず早いな」

　稽古の流れは把握している。ウォーガンによる拘束が解けたのを合図に、ジルは自己回復を行っていた。負った傷は少ない。魔力の制御を緩めれば体は瞬時に回復した。

「魔力制御は、眠っててもできるようになりました！」

　瞠目するウォーガンにジルは得意顔で笑った。重傷の時は難しいかもしれない。けれど気を失っていないなら、自己回復の発動を抑えられる自信があった。

　ジルは石敷きから長剣を拾い上げて鞘に収める。その時、制御という言葉でラシードに言われたことを思い出した。

「ウォーガン様、私って殺気が出ていますか？」

「なんだって？」

　魔石ランプの外灯に照らされた一角。ジルとウォーガンは第二神殿騎士団演習場の外れで、稽古を行っていた。

　騎士達はすでに訓練を終えており、周囲には誰もいない。エディの恰好をしているけれど、今はジルとして立っていた。

　投擲した短剣を差し出してきたウォーガンは、何を言い出すのかと怪訝な顔をしている。ジルは受け取った短剣を鞘に収めながら、騎士棟で遭ったラシードについて話した。

「殺気の如何は兎も角、気配は読み易いな」

　思案するようにウォーガンは顎に手を当て唸っている。自分では分からないけれど、本当に殺気を放っていたとしたら問題だ。

　ラシードは警戒対象であれど、ともに聖女を護る仲間だ。その上、ゲームの通りなら大神官達よりも接している時間が長い。ジルは不和を招きたくはなかった。

「制御方法を教えてください！　魔物討伐にも役立つと思うんです」

　ジルはウォーガンに詰め寄り、大きな背を見上げた。焦茶色の瞳にジルが映る。短く刈り込まれた茶髪の頭をかいたあと、手近な樹木へ向かったウォーガンに、ジルは手招きをされた。

「モノには気が流れている」

　その気を捉え、自分の気を同化させて紛れる。それを習得すれば奇襲の成功率は格段に上がる。魔物を倒しやすくなるだろうとウォーガンは説明してくれた。

「樹は生命力の塊だ。こいつや自然物から始めるのがいいだろう」

　ウォーガンの指示を受けてジルは幹に両の手、そして耳をぺたりと付けた。目を閉じ、樹に呼吸、拍動をそわせる感覚を意識する。

　ゆっくり、ゆっくり、深い呼吸を繰り返す。

「なにっ？！」

　耳元で空気が弾けた。

　鼓膜を揺らす大きな音にジルの肩は大きく跳ねた。驚きに目を見開けば、ウォーガンが手のひらを打ち合わせている。

「だが、気の同化には精神の安定が不可欠だ。執務室に戻るぞ」