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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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47 ジル<16歳>

 光の粒が舞い降りた。


 高く伸びたガラス窓。そこから注ぐ朝陽のなかで、光は気ままに踊り瞬きを繰り返す。四方を囲む白い壁は一段とまばゆく、輝いていた。


 女神ソルトゥリスの加護を受け止めんと、両手を重ねた。手のひらに舞い降りたのは、小さな水晶片であった。舞い落ちた粒はジルに触れた瞬間、まさしく光となって消えてゆく。


「――曙光は我らと共に」


 ジルの頭上に掌をかざしていた司教は土魔法を止め、両の手を重ねた。女神へ祈りを捧げ、定型句を口にする。礼拝堂の中央祭壇に跪いたジルも復唱し、成人礼拝は終わりを告げた。


 繊ノ月十一日の今日、ジルは十六歳になった。


 礼拝堂にはウォーガンの姿もあった。当初ジルは、忙しいだろうからと遠慮した。しかし遠征が入っていない限り絶対に出席すると言って譲らなかったため、日時だけは伝えていた。エディもいたのだけれど、長く空けられないからと途中で厩舎の仕事に戻っていた。


「おめでとう、ジル」

「ありがとうございます、ウォーガン様」


 祭壇から壁ぎわに歩みよれば、控えていた義父に迎えられた。口角の上がったウォーガンの顔に、ジルも笑みを返す。ウォーガンのことをお義父さんと呼んだものの、気恥ずかしさが勝り、あれ以降は一度も呼べていない。


「まだ時間は大丈夫か?」

「はい。午前講義は終わり次第の出席でいいと」

「ならちょっとこっちに座れ」


 ウォーガンは手近な長椅子にジルを誘導した。成人礼拝は一般開放前に行ったため、人影は無いに等しい。静まった礼拝堂で、二人並んで座る。どうしたのだろうか。ジルが窺っていると、ウォーガンは騎士服から小さな包みを取り出した。


「成人祝いだ。どこでもいいから身に着けてろ」


 包みのなかには、焦茶色の綺麗な石が入っていた。


 平たい楕円に整形されており、紐や鎖を通すための金具がついている。大きさは親指の爪くらいだから、どこに着けても邪魔にならないだろう。


「俺の防御魔法を籠めてある」

「こんな貴重なもの、貰っていいんですか!?」


 ジルは驚きのあまり魔石を落としそうになった。とっさに握り締めて、滑り落ちていなかったことに息を吐く。


「何やってんだ。発動は一度だけだからな」


 魔石は生界で採掘される天然鉱物だ。通常は光を放っており、これをランプに加工して利用している。


 そしてこの魔石には、魔法を籠めることもできた。魔法入りのものは魔法石と名が変わる。


 籠められた魔法の発動方法は魔石を割ることで、一度しか使えない。魔法が使えない者でも使用でき、魔法が使える者は適正外の属性も使用できる。そのため、魔法石の市場価値は驚くほど高かった。


 魔石自体は手に入りやすい物だけれど、魔法封入には多くの魔力を必要とする。並みの魔力量では不発となり、無理を押してそそぎ続ければ魔力切れをおこし、最悪命を落とす危険があった。


 ちなみにこの魔石に回復魔法は封入できない。魔力がすり抜けてしまうそうだ。


 ジルは手のひらにある魔法石を慎重に指でつまみ上げ、天にかざした。うっすらと光を透した魔法石に、落ち着きとぬくもりを感じた。義父の瞳と同じ色だ。


「もったいなくて割れません」

「替えの魔法石ならいくらでも作ってやる。危ない時は使え」


 従者になった時のことを想定しているのだと分かった。そんなことを言われてしまうと、ますます割れなくなってしまう。


 魔物に襲われた八歳の時、そしてナリトの側付きであるユウリを助けた十三歳の時。ジルは魔力切れを二回経験している。体は鉛のように重く、眠ることしかできなくなるのだ。


 ウォーガンをそんな危険には晒せない。でも、それだけ自分を気にかけてくれている。そう思えば、勝手に頬が緩んでしまう。


「大切にします! ウォーガン様、ありがとうございます!」

「だから割れと……」


 長椅子から立ち上がり、嬉しくて義父に抱きついた。ジルの首元後方から、呆れと諦めと照れがない交ぜになった呻き声が聞こえた。


 ◇


 ウォーガンと分かれ、礼拝堂を出たジルは講義室に向かった。講義の邪魔をしないよう後ろの扉からそろりと入室すれば、すぐに教養の講師と目が合った。


「ご成人おめでとうございます、ハワード神官見習い。心より祝福をお贈りします」

「あ、ありがとうございます……!」


 同僚達からも祝いの拍手を貰い、ジルは面映ゆくなった。一礼してそそくさと近くの空席に座れば、講義が再開された。正面に設置された板書には、白い文字で筆記と実技の出題範囲が記されていた。


「神官試験は今月末です。質問があればいつでもお出でなさい。何度でもお教えしましょう」


 ◇


 三ノ月一日、ジルは無事に落第生となった。その翌日、土の大神官逝去の報が教会領に届いた。

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