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傾界の聖女  作者: たま露
【教会領 編】
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46 近侍と聖女

視点:聖女の近侍◇ジル

 多額の金と一緒に五人目の孤児を商人に渡した。


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた商人は、依頼品を渡すよう部下に指示を出した。大きな麻袋はぐったりと折れ曲がり、部下の肩に担がれている。


 そのまま地面に下ろせと命じ、口紐をほどいて袋のなかに魔石ランプをかざす。


「指定と異なるようだが?」

「もともと数がいねぇのに。孤児なんて条件付けられちゃあ、砂漠の中で針を探すようなもんですよ」

「これでは残りの金は渡せない」

「お天道様の下じゃ銀にみえなくもないですぜ」

「……半値だ」


 商人は不満げに鼻を鳴らすと部下に金を受け取らせた。袋に入った金貨を丹念に数えたあと、今後も御贔屓にと残して商人は音もなく闇へと消えた。


 麻袋のなかで、やせこけた子供が一人横たわっている。元からケガをしていたのか、新しくつけられたのか。皮膚のあちらこちらに乾いて赤黒くなった血がはりついていた。


「せめて目が榛なら」


 第一条件は銀髪であること。瞳が榛色なら報酬は三倍出すと商人には提示していた。この子はあまり長くないかもしれない。


 聖女の近侍は軽い麻袋を抱きかかえ、重い足取りで聖堂棟に向かった。


 ◇


 聖女は女神の降臨祭に出席した。


 しかし今年も各領地への行幸は行われなかった。不老の容姿は変わらず十二歳のそれで、女神ソルトゥリスに愛された黄金の瞳は美しかった。


 ジルが聖女に声をかけられたのは、聖堂棟と東棟をつなぐ廊下でのことだった。


 降臨祭の日から三日間は休日となり、街はお祭り騒ぎになる。教会領にも次々と参詣者が訪れ、いつもは空室が目立つ宿泊棟は、満室となっていた。そうなると神官達に休みなどない。見習いとなれば、どこへなりとも駆り出された。


 ジルは東棟二階にある四つの間のうち、薔薇の間で賓客の受付を手伝っていた。一段落着いたことから、次は聖堂棟前の清掃を言いつけられていた。


 そんな折に聖女と遭遇したのだ。リシネロ大聖堂で教徒から祝賀を受けた聖女は、四つの間へ降臨するために移動していた。


 正面から歩んでくる聖女を認識した瞬間、ジルは壁により両膝をついて礼拝した。そのまま聖女が通り過ぎるのを待っていると、目の前で足音が止んだ。いやな汗がにじみ出る。


「あなた、兄弟はいて?」

「一人……弟がいます」

「その子も神官見習いなのかしら?」

「今は小姓に預かっております」

「そう」


 鈴の鳴るような愛らしい声だった。鷹揚に紡がれた短い言葉の真意を、ジルは知っている。冷たい床に伏してじっと耐えていると、近侍や近衛騎士、侍女達をともなって聖女は再び歩き出した。


 足音が聞こえなくなったところで、ジルは廊下から立ち上がった。三分にも満たない問答だった。けれど、床につけた足から浸みた冷気は、頭の先にまで這い上がっていた。


 ――エディは、何人目だったんだろう。


 ジルは冷えた体を温めるように、許される限りの速さでその場から離れた。


 聖堂棟に着いたジルは、参詣者の妨げにならないよう通路の端から掃き掃除を開始した。女神の御前でゴミを投げ捨てるような不信心者はいないけれど、人が動けば物も動く。落とし物や知らぬうちに落ちたゴミ、風で飛ばされた葉などを掃き集めていく。


 単調作業の合間、ジルは先ほど遭った聖女について考えていた。


 ゲームは、主人公であるヒロインと攻略対象達の恋愛が主軸だ。そのため詳細は語られていないけれど、今代の聖女は孤児を虐待していたと仄めかされていた。


 なかでも自身の護衛騎士と同じ髪色をもつ子への執着は異常だったそうだ。そんな聖女がエディをみつけたらどうするか。火を見るより明らかだろう。しかしエディには猶父がいた。急に姿を消せば騒ぎとなるため、裏から手を回されたのだ。


 魔物が増加しているさなか、新しい聖女が降誕したと市中に出回れば混乱は必至。各領地を巡る儀式にも支障がでるため、ヒロインの存在は限られた者たちにしか開示されていなかった。


 これは今代聖女にも秘匿された、はずだった。情報を流した者がいたのだ。


 新しい聖女に同行する従者を選定する際、内通者はエディを候補の一人として挙げたのだ。そして狙い通り従者に選ばれたエディは、ゲームの終盤で殺された。

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