45 義父と通知
夢でみたゲームの話をする間、ウォーガンは相槌をうつ程度で口を挟むことはなかった。ずっと難しい顔をしていたけれど、それは理解しようとしてくれているのだと分かった。
「だから、私にも剣の稽古をつけてください!」
ジルはソファから立ち上がり頭を下げた。顎に手をあて思考を整理していたウォーガンから懇願に対しての返答はなく、とりあえず座るよう促された。
「エディを助けるために、お前が身代わりになると」
「はい」
「このことをエディは知ってるのか?」
「……言ってません。心配させたくないから」
二作目でジルが敵に、闇に堕ちることは言わなかった。弟を助けることができれば、その未来も変わるのだから。渋面を作ったウォーガンはガシガシと頭をかき、深く息を吐いた。
「五年前、救護室に来たのはジルか」
「……だまして、ごめんなさい」
「基礎鍛錬は?」
「エディと一緒に続けています。素振りも五百回以上できるようになりました!」
得意満面に宣言すれば、またもや大きな息が吐き出された。先ほどからウォーガンはため息や唸り声ばかり出している。それでもジルを奇異の目で見たり、拒絶したりはしなかった。それが嬉しくて、ジルはいつもの調子を取り戻していく。
「それで従者、男として聖女様の儀式に随行する」
「私とエディはそっくりだから、心配いりません」
顔と声、それに体つきもよく似ていた。ゲームのことを知らなければ平らな胸元を気にしていたかもしれない。でもジルは今、このまま体形が変わらないようにと願っていた。そんなことを考えていると、ウォーガンから可哀想な子を見るような目を向けられていた。
「各領地では護衛騎士ならびに大神官様が最低一人は同行し、聖女様と仲を深めるんだったな」
「はい。だから領地に誘われるなんてことは、今後無いと思います」
安心してください、とジルは自信を持って言ったのに、ウォーガンは相変わらず可哀想な子を見る目のままだ。
「問題が山積みで俺には心配しかない。……が、拒絶しないとお前に言った」
表情を引き締めたウォーガンは、ジルの両肩に大きな手を置いた。掴む力が強くて少し痛かったけれど、怖くはなかった。
「何かあったら絶対に相談しろ。手紙でも直接でもいい。教会領に戻って来たときは必ず顔をみせろ」
焦茶色の瞳はジルに落ち着きと、ぬくもりを与えてくれる。体を暖めてくれる薪の色で、風雨から守ってくれる家の色だ。
「うん。信じてくれてありがとう、…………お義父さん」
ジルは笑顔を作りたかったのに、恥ずかしくて眉は八の字になり、唇は歪んでしまった。でもそれ以上に義父は、おかしな顔をしていた。
◇
それからはジルも、ウォーガンに剣の稽古をつけて貰うようになった。ただし、神官見習いの恰好では目立つということで、エディの姿をして交互に受けている。エディはそのことを訝しがったけれど、ウォーガンに入れ替わりが露見してしまったからだと言えば、渋々納得してくれた。
「従卒は、残念だったね」
「馬丁さん一人じゃ、大変だから……仕方ないよ」
演習場での騒動からひと月が経ったころ、従卒の採用通知が寄宿舎に届いた。エディは寝台に腰掛け、手元の辞令書をじっと見詰めている。
通知にはデリックの専属従卒に任命すると記されていた。しかし、その後に但し書きがあった。厩舎で働く新しい小姓がみつかるまでは保留とする、と。
教会領で働きたがる者は多いけれど、身元が確かでなければ従事できない。そしてそういった者は厩舎を希望しなかった。
「デリック様の謹慎もあるから、ゆっくり待とう」
「うん」
「それまで腕が鈍らないようにエディ、いっぱい鍛練しよう!」
大きさの違う二本の長剣を片腕に抱えて、ジルは弟の手を掴み立ち上がらせた。
エディが小姓のままなら、従者任命の報せは寄宿舎に届く。従卒になっていたら、所属騎士団の団長、つまりウォーガンに届くはずだ。事情を知っている義父は、ジルに教えてくれると信じている。
今でもゲームの情景はジルの胸を圧迫し続けているけれど、手足は随分と軽くなった気がする。
――家族は、私が護るんだ。




