41 参戦と雷
「誰に言っているのか解っているのかな?」
「勿論。水月様。そちらは羽切様でしょ」
デリックが呼んだ二つ名にラシードの眉が動いた。
水の大神官であるナリトは、剣よりも幅の細い刀という武器をあつかう。腕前は騎士に比肩し、膨大な魔力を駆使した水魔法と組み合わせたなら、一介の騎士は足元にも及ばないと言われている。
風の大神官であるルーファスは弓の名手だ。正確無比な腕前は、遠方の的を事も無げに射貫く。たとえ狙いが逸れたとしても、風魔法で軌道を修正し追尾することもできた。遠距離戦では対峙したくない相手だ。
ジルはゲームの知識から、ラシードは戦いたがっているのだと判断した。デリックは以前ラシードのことを“魔物でなければ”と評していたけれど、ジルの認識は少し異なっている。
――戦闘の熟練度が上がらないと、好感度も上がらなかったんだよね。
逆を言えば、戦ってさえいれば勝手に上がる、ということでもある。弱い者には見向きもしないけれど、強ければ魔物でなくとも反応するのだ。戦うことが好きなのだろう。とはいえ、ここでラシードに参戦されてはますます収拾がつかなくなる。
――どうしてこんな事になってるんだろう……。
眩暈がするからとその場に留まっている訳にはいかない。冷えた空気が漂う中心地に、ジルは歩み出た。深緑色、朱殷色、青色、緑色。八つの瞳がジルに向けられる。
「ジル嬢、危ないので」
下がるようにとルーファスが声をかけてきたけれど、ジルは構わずナリトの方へ向き直った。どうしたのかと問うてくるナリトを真っ直ぐに見上げれば、冴えていた青い瞳が微温んだ。ジルは背筋を伸ばし、息を吸い込む。
「立場をお考えください、タルブデレク大公閣下。貴方の双肩には何万という領民の命が乗っているのです」
目を丸くしているナリトを放って、ジルはルーファスの前に移動した。若葉の瞳は風でささめいているようだ。
「風の大神官様は、生界が安定するまで神官として尽くすとお決めになったのでしょう。今はそのことに心をお砕きください」
パチパチと瞬きを繰り返すルーファスから視線を背後に移す。くるりと振り返れば、青みがかった光沢を放つ緑の瞳と交差した。
「みだりに人を煽らないでください。デリック様がそのような方だとは思いませんでした。ありがたいお話でしたけれど、ご辞退させていただきます」
慌てて言葉をかけようとするデリックに深くお辞儀をして、横に立つラシードに体を向けた。朱殷色の瞳は無感動にジルを見下ろしている。
「貴重な訓練の邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした。ですが、バクリー副隊長様」
ジルはラシードとの距離を詰めた。右手を上へ伸ばし、足先に力を入れて爪先立ちになる。そうして届いたラシードの首筋に手を添えれば、眼光が鋭くなった。
「首筋を痛めてらしたのでしょう。良くなっているようですけれど、今は片足を庇っておいでです。そのような体で戦おうとしないでください。神殿騎士の本分は魔物討伐、民を護ることです」
ラシードのまとう空気が変わった。これまでは苛立ちのなかに好奇心が垣間みえていたけれど、今は警戒一色となっている。ジルの手から逃れるようにラシードは体をずらした。
「何のことだ」
「こちらにいらっしゃる時、左右で足音が違いました。首筋の件はエディ、私の弟から聞いていました」
七ヶ月前に手合わせをしたのはジルだから、首の件は当然知っていた。足については今しがた気付いた。
エディと入れ替わった時、仕事の一環で馬の様子を観察していたジルは、人でもつい足運びや挙動を観察してしまう癖がついている。ラシードから測るような視線を向けられたけれど、まだ言い残したことがあるジルは身を反転させた。
三人に、深く頭を下げる。
「この度はお騒がせしてしまい、大変申し訳ございませんでした! 私のことはご放念いただき、職務にご専念くださいますようお願い申し上げます」
ナリトもルーファスも、弟と一緒でいいと言ってくれた。デリックの申し出を受ければ、今まで通り教会領にいられると思った。けれど、エディは自分がいなくてもきっと大丈夫だ。だから無理に一緒に居られる場所を探す必要はない。ジルはぽっかりと雲が晴れたような気分だった。
「全員、そこへ直れ!!」
猶父、ウォーガンの雷が落ちるまでは。




