40 演習場と紹介
「僕達のことが嫌いになったから、という訳ではないのですね?」
「ええ……まぁ、はい」
「彼のことを愛していると?」
両隣から食い入るように見詰められたジルは針の筵に座った思いがした。
自分は神官として、大神官の任地である聖堂への誘いを受けていたにすぎない。ジルの代わりどころか、もっと優秀な神官は沢山いるし、宿屋も評判高いことから働きたい人は多いはずだ。なぜ質問が続けられているのか分からなかった。けれど、偽りなく答えるのが受けた親切に対する返報だとジルは考えた。
「……わかりません。でも、私のことを役に立つと言って下さったんです」
他者回復の魔法が使えなくても、エディとデリックの役には立てる。昨夜の言葉を思い返して、ジルは相好を崩した。直後、両隣から立ち上がる音がした。ジルは何事かと驚き、左右に首を振る。
「デリックという騎士に会わせてください」
「第二神殿騎士団まで案内してくれるかな、ジル嬢」
どちらも微笑んでいるのに、瞳は不変を感じさせる硬質な光を宿している。ジルに拒否権は無かった。
「今からですか?!」
背に添えられたナリトの手によって前方へと押され、ルーファスには片手を引かれた。立ち止まることも逃げることもできず、ジルは前に進むしかなかった。
――拘束された罪人ってこんな感じなのかな。
大神官が連れ立っているだけでも目立つのに、その二人の間に神官見習いがいることで道中の空気はざわついていた。不躾な視線を向ける者はいなかったけれど、気詰まりなことこの上ない。ジルは体を小さくして俯きながら足を急がせた。
◇
第二神殿騎士団の演習場に着くと、目的の人物はすぐに見つかった。指導をおこなっていた赤茶髪の騎士は、新兵に一言二言告げてこちらに駆けてきた。
「どうしたジル、エディの件ならまだ時間がかかるぞ」
「訓練中に申し訳ございません。あの、デリック様にお会いしたいと……」
身を縮めたジルが目配せすると、デリックは視線を左右に動かした。それからジルの胴、手を見て口の端を上げる。
「兄弟の紹介、って訳じゃなさそうだな」
デリックは何かを察したのか軽く目を眇め、気負いなく対応している。手と背から二人が離れ、ほっと息をついたのも束の間、ジルはすぐに不穏な空気を吸うこととなった。
「タルブデレクが領主シャハナだ」
「風の大神官、ルーファス・リンデンと申します」
「第二神殿騎士団・第五部隊所属、デリック・ヘイヴンです」
ナリトは大神官とは名乗らず大公であると告げ、泰然とした笑みを浮かべている。ルーファスは軽く腰を折る神官の礼をとり、穏やかに名乗っていた。二人の挨拶を受けてデリックは両の踵を合わせ、右手の甲を額にあてる騎士の敬礼にて応えている。けれど、その姿勢はすぐに崩された。
「それで、大公閣下と大神官様が本日は何用でしょうか?」
「私はジル嬢に神官服を贈呈する予定がある」
「僕は聖堂へ、ゆくゆくは稼業を手伝っていただきたいと」
「もしかして断られました?」
周囲に見えない糸が張り巡らされた。ピンと張ったそれは触れれば肌を裂きそうで容易に動けない。デリックは気にならないのか二人の反応を確認して、そうかそうかと満足そうに頷いている。
「役に立つ、と彼女に仰ったそうですけれど」
「ん? まぁ、貴方達よりは上手くあつかう自信はありますね」
にっこりと人好きのする笑みを向けられたジルは、曖昧に微笑んだ。デリックはとても楽しそうにしているけれど、大神官の二人からはそんな空気を感じない。ジルより一歩前に立っているため、ナリトとルーファスの表情は見えなかった。
「ジル嬢は貴公に情愛は無いと言っていたが」
「お互い様では? それにオレはまだ断られていませんし」
無いのではなく、わからない、のだけれど。それをこの場で訂正しても事態の収拾には至らなさそうだ。二人の勧誘を断ったことが原因であるのなら、場を収めるのは自分の責任だ。ジルが前に出ようとした時、お腹に響く低音な声が割って入った。
「デリックいつまで遊んでいる。訓練の邪魔だ」
この場にいる誰よりも背の高い褐色の騎士が睥睨していた。前回見た時よりも鈍色の髪は伸びており、ゲームの姿に近づいている。大神官と騎士、両者の中間に立ったラシードはジルを一瞥したあと、三人に視線を戻した。
――うわあ、攻略対象が三人も揃ってる。帰りたーい。
心境とは可笑しなもので、一定以上の負荷がかかるとぶら下がっていたおもりは軸に跳ね上げられ、その弾みで思い切った行動がとれるらしい。
「遊んでねぇよ。……オレが認められないんでしたら、勝負してみます? 大公閣下なら出稽古ってことにすりゃいけますよ」
大神官様はその御付き、と付け加えてデリックは不敵に笑ってみせた。




